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2019年4月21日日曜日

4/11 都教委定例会 根津公子の都教委傍聴記

4月11日(木)、都教委定例会が開かれました。根津公子の傍聴報告です。

 自己反省なしの都教委からのメッセージ  

今日の公開議題は、
議案「東京都教育委員会から生徒と教員へのメッセージについて」、
報告が「来年度使用の都立高校用教科書の採択方針について」。
非公開議題は議案「教員の懲戒処分について」(停職・免職事案)が2件。報告も「教員の懲戒処分について」(戒告・減給)。北村教育委員が欠席。 

議案「東京都教育委員会から生徒と教員へのメッセージについて」を報告します。  
メッセージを出す目的は、生徒に対しては「学校生活を送る上で生じる様々な感情と上手に付き合うことの大切さを伝えるとともに、悩んだときには身近な大人に相談するよう促す」、教員に対しては「日頃の教育活動に感謝して激励するとともに、課題の解決に向けた取組をともに行っていくことを伝える」のだという。
メッセージは次のようにいう。
 ◆生徒の皆さんへ 
新学期が始まりました。皆さんは、今、学校生活を楽しんでいますか。保護者の方や学校の先生たちは、皆さんが楽しく充実した学校生活を送ってほしいと願っています。
充実した学校生活を送るためには、友人や先生などと心を通わせて、良好な人間関係を 普段から築くとともに、学校の集団生活における決まりや社会のルールを守ることが大 切です。
しかし、学校生活を送る上で、困ったことや納得できないことが起きた時などは、不安 や不満、怒りなどの感情が湧くことがあるかもしれません。皆さんにとって、こうした 感情と上手に付き合っていくことも重要です。
そして、自分たちだけでは解決できないと思った時には、まず、保護者の方や先生など 身近な大人に相談してみましょう。もし、大人への相談が難しいと感じたら、東京都教 育相談センターなどの相談機関を利用することができます。また、LINEで気軽に相 談できる「相談ホットLINE@東京」という方法もあります。これらの相談窓口は皆 さんを全力でサポートしてくれます。
ところで、皆さんがよく使うSNSは便利な反面、軽い気持ちや何気ない言葉などの書 き込みによって人を傷つけることがあります。また、写真や動画等をSNS上に一度流 出させると完全に消すことはできなくなります。こうしたSNSの危険性を正しく理解 してください。
皆さんが夢と希望を胸に、未来に向かって羽ばたいていけるよう、保護者の方や学校の 先生、地域の皆さんと一緒に、東京都教育委員会は心から応援しています。
                     平成31年4月11日 東京都教育委員会

◆子供たちの健やかな成長を願って ~教員の皆さんへ~ 
先生方におかれましては、全ての児童・生徒が充実した学校生活を送れるよう、日頃か らご尽力いただき、ありがとうございます。 ○さて、児童・生徒への指導に当たっては、日頃から個別の言葉掛けなどにより一人一人の理解を深め、教員としての信頼に基づく良好な人間関係を構築することが大変重要です。
そして、学校の集団生活における決まりや、社会のルールを守る意味などについて、児 童・生徒が十分に理解し、日常の行動として実践できるよう、丁寧かつ継続的に指導し ていくことが必要です。
また、児童・生徒への指導や外部への対応に苦慮するケースもあることから、担当教員 を孤立させないよう、学校は複数の教員が協力して指導に当たることを基本とした校内体制をしっかり定着させる必要があります。こうした組織的な取組を通じて、体罰を絶対に許さない学校風土を一層強固なものにすることにも努めていただきたいと思います。
東京都教育委員会は、教員の皆さんがやりがいをもって日々の仕事ができるよう、今後 も学校訪問等を通して皆さんの仕事の実情や日々の努力を理解、共有するとともに、皆さんが抱えている様々な課題や悩みなどの解決に向けた具体的な取組を全力で行っていきます。  
                      平成31年4月11日 東京都教育委員会

根津さんのコメント
生徒へのメッセージは都立学校の生徒に発出する。また、区市町村立中学校では校内掲示するよう、各地教委に依頼する。教員へのメッセージは、都立学校の全教員にメールで発出する。また、区市町村立学校の全教員に配布するよう各地教委に依頼するとのこと。  この提案に対して教育委員からは、「掲示だけではなく、全ての生徒に伝わるようにしてほしい」などの補強意見があっただけで問題点の指摘はなく、議案は承認された。こんな内容でどうして教育委員たちは承認してしまうのか、と思う。 
問題点を挙げると—―。 
1.両メッセージは、都教委の存在をアピールするためのもの。
2.「生徒の皆さんへ」では、都教委が良しとする生徒像そのままに、決まりやルールを 守ること、自分の感情をコントロールすることが大事と説く。決まりやルールを論議し見直すことが必要となっても、それにブレーキをかけることになりはしまいか。一人が皆と異なる捉え方や判断をし、納得できないことが起きたなら、皆で話し合いをすることこそが大事なのに、それを否定する。個性を認めず、「規律と秩序維持」を最優先する、都教委の道徳心を刷り込むものだ。
3.「教員の皆さんへ」では、都教委がすべき教員の過重労働軽減については触れないま ま、したがって、教員が子どもと自由に過ごす時間的保証をしないままに、「児童・生徒への指導に当たっては…」と説き、職務職階級制賃金及び人事考課制度で教員を競わせ、協働を奪っておきながら、「複数の教員が協力して」と説く。 教員が子どもと自由に過ごす時間があれば、教員はいじめに気づくし、相談にも乗れることが、教育委員にはなぜわからないのか。「複数の教員が協力して」の前に必要なのは、教員たちが論議し学び合える場である職員会議を復活させることだ(2004年から都教委は職員会議を校長の伝達機関とし、教員の発言を禁止した)。
 「学校訪問等を通して」というのも、これまでの都教委の学校訪問から推察すれば、学校を監視し、管理支配を強めるという ことではないかと疑念を持つ。
4.区市町村中学校では、生徒向けメッセージを校内に掲示するという。「それでは、読 まない生徒もいるかもしれない。全ての生徒に伝わるようにしてほしい」との教育委員からの発言に対して指導部長は、「16日に全中学校の校長を集めるので、そこで依頼する」とのこと。「東京都教育委員会」名の入った掲示は、都教委の威厳を示そうとするものか。
ここに書かれているのは、人が日々を丁寧に生きていけばみんな、自分で力をつけることができることばかり。教育関係者が訴える事柄ではない。自己反省のかけらもない両メッセージに、恥ずかしく、怒りが沸き上がる。もっと教育界で筋を通すべきことがあるはずだ。教育について真剣に考えてほしいと思う。

2019年4月9日火曜日

3/28 最高裁決定 第四次訴訟

◆3/28 最高裁決定
  「君が代」四次訴訟・減給処分取消・一部勝訴確定

①被処分者の会・近藤徹さんからの報告です。

東京「君が代」裁判四次訴訟(一審原告14名、上告人13名。現職教員8名)は、東京地裁(2017年9月)・高裁(2018年4月)で減給・停職処分計6名・7件が取り消され、一部勝訴しました。
これに対して、都教委は田中聡史さんの2件(不起立4回目と5回目)の減給処分取り消しを不服として最高裁に上告受理申立を行い、他方、原告らは憲法判断での前進、戒告処分の取り消し、損害賠償を求めて上告及び上告受理申立をしました。最高裁第1小法廷に係属し、双方が正面対決する構図になっていました。
3月28日、最高裁第一小法廷は、「君が代」処分の違憲判断を求める一審原告らの上告を棄却し、戒告処分取消・損害賠償を求める上告受理申立を「受理しない」(不受理)と決定する一方、減給処分取消を認めた東京高裁判決を不服とした都教委の上告受理申立についても「受理しない」(不受理)と決定し、決定文を送付しました(決定文全文は被処分者の会HPに掲載)。
これは、要するに、戒告処分を容認したものの、これまでの不起立の回数(今回は4回目・5回目)を理由に減給処分という累積過重処分を行った都教委の暴走に歯止めをかけたものと評価できます。
2014年3月17日の東京地裁提訴以来5年間の東京「君が代」裁判四次訴訟への
皆さんのご支援に心から感謝いたします。

①被処分者の田中聡史志さんからの報告です。
新年度が始まりますが、皆様お元気ですか。
昨日、弁護団より「最高裁第一小法廷は、3月28日付で、東京君が代処分第四次訴訟の被告東京都の上告受理申し立てを却下、原告の上告を棄却し、原告の上告受理申し立ても却下」という内容の送達があった、との連絡がありました。
これにより高裁判決が確定し、争点の一つだった私の減給処分取り消しが確定しました。
残念ながら戒告処分容認の判決も確定してしまい、損害賠償も認められませんでしたが、第四次訴訟の減給および停職処分は全て取り消されました。
私の減給処分は私の不起立4回目と5回目に対する「回数加重処分」でしたので、今後、東京都が不起立4回ないし5回での処分を加重することは難しくなると思います。
戒告処分が容認されたことは残念ですし、私に対しても減給取り消し後の再処分の可能性が高いのですが、ひとまずは減給取り消しが確定したことは大変良かったです。
これまでご支援をいただいた皆様、大変ありがとうございました。(田中聡史)

都立高校卒業式に関して

都立高校卒業式についての報告

3月30日に行われた卒業式闘争の総括会議で川村さんが発言されました。その内容が
『週刊金曜日』に掲載されていますので、転載させてもらいます。


2019年4月1日月曜日

都立高校の卒業式でびらまき その八

都立高校の卒業式でびらまき その八

◆総括の集会
3月30日(土)東京で、卒業式総括集会(主催:五者卒入学式対策本部)が開かれました。
そこでは、本部からの報告の中で、「年々都教委からの指示は細かくなり、卒業式・入学式の実施要領に各学校の裁量が入る余地は全くなくなっており、管理を徹底しようとする
都教委の意図が感じられます」という事が述べられました。
そうした都教委の意図を忖度したような例が二つほど出されました。
一つは、ある高校で卒業式の際に、卒業証書をもらった後、あるクラスが一斉に、担任と保護者に対して「ありがとうございました」というお礼の言葉を述べたという事です。(私の経験でもそういう事はあり、それはこれまで苦労してきた保護者や担任にたいする生徒たちの最大の感謝の表明でした。そして、その都度会場から大きな拍手が起きました。)
ところが、卒業式終了後、そのことに対して、
若い教員が「今年の卒業式はひどかった。あんなことをするなんて。式じゃないよ」と言ったという事です。
もう一つは、別のある高校で「セーター・カーディガン事件」というのが起きたそうです。
その日(3月7日)は寒い日であさから小雨が降っていました。この学校は標準服で式に臨むことになっていたようですが、寒いので生徒たちはセーターやカーディガンを許可してくれるように言ったそうです。特に吹奏楽部の生徒たちは寒くて震えるのでしっかり演奏ができないと言ったそうです。
しかし、職員会議ではすでに決まっていることだからという意見が出されましたが、この3月で退職する生活指導の教員が生徒の健康よりも規律を重視するようなことは「おかしい事だと知ってください」と述べたそうです。しかし他の教員は言わず、吹奏楽部の生徒たちだけは認められたようですが、他の生徒たちは震える中で式に臨んだそうです。
これらの二つの例は、今の学校現場が如何におかしくなっているかを物語っています。
一言で言えば、規律が第一で情愛や健康は二の次になっているということです。つまるところ人間を大事にしない学校になっているのです。そして、これが「日の丸・君が代」強制の行き着く先です。
ところで、後者の例を紹介してくれた教員は、次のようなことも話してくれました。
それは、卒業式ビラを受け取り読んだ生徒がやってきて、「日の丸・君が代」強制に反対する意味が「分かった」と言ってくれたという事です。
私たちの卒業式ビラまきも役立ったようです。

◆「学校と地域をむすぶ板橋の会」の方たちが独自に作って撒いたビラの一部を紹介します。

<卒業おめでとう>
卒業式は主役である卒業生一人一人の門出の場です。ところが2003年から東京都教育委員会の指示で、檀上正面の「日の丸」への礼と、「君が代」の起立斉唱が全員に強制される儀式の場になりました。私たちは戦争に結びつき、主権在民にそぐわない
「日の丸・君が代」強制はおかしいと考えています。
・・・・・・・・・・
<「日の丸・君が代」強制は「戦争のできる国」の露払い>
・・・・・・・・・・
<正しい情報や意見表明の保障はあなたの権利>
学校では教員管理が強まり、職員会議は話し合いの場でなく伝達機関とされ、意見表明・交換の機会は減少しています。
皆さんには、意見を言う機会は十分にありましたか?
今、様々な場で「意見」が尊重されない実態を見聞きすると、声を上げる元気が奪われがちです。何度も示された沖縄の民意も軟弱地盤や予算・期間増大の事実も無視して、政府は辺野古新基地建設を進めています。サンゴを移植したと嘘までついて。
それでも沖縄の人は諦めず反対し続けています。
国会のデータ改ざん、情報隠し、諸法案の強行採決などに抗議して、国会前で声を上げ続けている人たちがいます。
軍隊化を強める自衛隊を9条に明記しようとの憲法改定に危機感を抱き、署名活動を続けている人たちがいます。
このような声や活動が、民主主義を破壊し戦争に向かおうとする動きのブレーキになっていると私たちは考えています。
私たちは、大人も子どもも、自分で考え意見を言い、行動していくことが大切だと思います。
今日の卒業式がその一歩になってくれればと願っています。
<新しい生活が、希望に満ちたものになりますように!>

2019年3月30日土曜日

都立高校卒業式びらまき その八

都立高校卒業式びらまき その八

◆川村さんの闘い『被処分者の会通信 122号』(2019年3月19日)より
〇2019年卒業式をめぐる状況と今後の取り組み (被処分者の会通信)
           都立高校教職員 被処分者の会・卒入学式対策本部・川村佐和
 10.23通達発出から16回目の卒業式が行われています。
最近の私にとって一番大事な取り組みは、卒業式の包括的職務命令が出される職員会議での発言です。できるだけわかりやすく、他の教員に共感してもらえるように、できれば短く…と一か月ぐらい前から考え初め、発言を練りに練ります。職員会議が始まるまでは憂欝になったり、ものすごく緊張したりします。どんな集会で発言するよりも緊張します。
 10.23通達が発出する前までは、卒業式前の職員会議で「日の丸・君が代」のことについて、発言しない方が肩身が狭かった(私はいつも肩身の狭い思いをしていました)のに、今では、自分の中にある勇気を振り絞らなければ発言できないのです。
 「みんなから白い目で見られるかも…でも言わなければ。これが私の闘いだ!」と、わけのわからない使命感にかられて、やっとの思いで発言しているのです。けれど、発言した後はいつでも「言ってよかった」と思います。今年もそうでした。
 私の後、卒業式で司会をする教務主任(分会長です)が手を上げ、「多数の生徒が起立しないようなことはまずないので、言うことはないのですが、もし多数の生徒が座っていても、その生徒たちに対して『ご起立ください』とは言えません。それは生徒に強制することになるからです。」と言ってくれたのです。私はうれしくてたまりませんでした。
 一昨年度から卒業式入学式の進行表に「起立していない生徒多数の場合には、起立を促すようにする。司会『ご起立ください。』それでも、起立しない場合は、副校長が司会席へ移動し、副校長『ご起立ください。』」という文言を入れなければならなくなったのですが、これは生徒への強制に他なりません。そのことが教務主任の発言ではっきりとみんなに伝わったに違いありません。
 職員会議の後、若い教員から「いつもありがとうございます。大切なことをしっかり発言してくれて。みんな言いたくてもなかなか言えないんです。」と言われたことも、うれしかったことの一つです。これからも勇気をもって言うべきことを言っていこうと思いました。
 2月10日に行われた都高教女性部の「冬のつどい」では、四次訴訟の原告からのレポートもありました。討論の中で、若い教員が自分の思いを語り、「日の丸・君が代」強制問題をしっかりうけとめてくれている若い教員がいることを実感し、頼もしく感じました。この問題を風化させず次につなげていくことは今後ますます切実な課題になっていきます。
 そのため昨年度から卒入学式対策本部では、全組合員配布のリーフレットを作成しています。昨年よりも、「もっと伝わる言葉、わかりやすい表現、手に取ってもらえるレイアウト」にこだわって練り上げました。
 職場で配布した時、若い教員から「『君が代』を歌いたくない生徒もいるんですね」「昔は卒業式に『国歌斉唱』はなかったんですか」などという声があがりました。
 今年は新たな弾圧がありました。私は今年の3月で定年を迎えるのですが、まだまだ元気ですし、どんなに変わり果てても都立高校が大好きなので、5年間は再任用として都立高校で働こうと思っていました。
 ところが1月24日再任用の採用が決定した後、夜の10時に校長あてに人事部からとんでもないメールが送られてきたのです。25日の午後校長室で、私は人事部から送られてきた文書を校長が読み上げるのを聞きました。
 「懲戒処分歴のある職員に対する事前通告」と題された文書の内容は、年金支給開始年齢に達する年度までは採用するけれど、その後は、平成28年3月に戒告処分されているから任期を更新しないし、非常勤教員にも採用しないというものです。目の前が真っ暗になりました。
 文書の中の「再任用職員としての資質に欠けるものがある」という文言にも傷つきました。「こんなに一生懸命仕事しているのに、卒業式で起立しなかっただけで資質に欠けるとみなされるのか」と憤りを感じました。
 そして、何よりもあと3年しか都立高校で仕事できないということが辛くてなりませんでした。
 自分が、授業だけでなく、行事や生徒会活動、部活動、進路指導も含めた学校の仕事全体をどんなに好きなのかを改めて思い知らされました。
 3月12日(火)の都教委要請では、この事前通告についての申し入れも行いました。
 今のところまだ卒業式での不起立の情報は入ってきていませんが、不起立があった場合は3月28日(木)8時から都庁第1庁舎前で「処分をするな」という内容のチラシを配布する予定です。被処分者の会のHPをご確認の上、よろしくご協力お願いします。
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 3月30日(土)には18時から、としま産業振興プラザ6階第3会霞室で卒業式についての集会を行います。不起立があった場合は「卒業式処分抗議・該当者支援総決起集会」を、なかった場合は「卒業式総括集会」を行って、今年の卒業式の状況についての詳しい説明を行います。ぜひお集まりください

2019年3月29日金曜日

都立高校卒業式びらまき その七

都立高校卒業式びらまき その七

◆ビラまきの簡単な総括
都立高校卒業式のビラまきは終了しました。。
都教委包囲首都圏ネットでは何校に撒いたか、まだ確定した集約はできていません。
ブログで紹介した「報告」は撒いた人が「報告」を寄せてくれた高校で、撒いた学校は他にもかなりあります。
配布校は・配布枚数は雨降りや3月9日は80校余集中していたことなどもあり、昨年(約60校1万2000枚)より少なかったですが、それでも約50校、約1万枚くらいでした。
撒く人たちは包囲ネット以外にも様々な方々が協力してくれ、15年目になる今年度もビラまきを続けることができました。協力して下さった皆さん、ありがとうございました。
管理職の反応は比較的バラバラになってきましたが、中には警察を呼んだりした学校もありましたので、そこには今後抗議に行こうと考えています。
生徒の反応ではやはり、進学校の受け取りが悪いのが特徴です。教員では若い教員の受け取りが良くないのですが、それはやはりこの間、職員会議での採決禁止、職員会議の形骸化などにより、職場での「日の丸・君が代」問題に対する議論ができなくなっていることが背景にあると思われます。教員を黙らせ、生徒を国家意思に従わせようとしているのでしょう。
そして、その流れに乗っている保護者も見られますが、中にはビラを見て「私も同じ考えです」と言ってきてくれた保護者もいました。今年ではありませんでしたが、毎日新聞の記者さん、週刊金曜日の編集長さんが、子どもさんの卒業式でビラを受け取って、「自分も不起立した」という報告を、フェイスブックや関係する雑誌に載せてくださったこともありましたから、保護者の中にも「日の丸・君が代」強制反対の人々はいるのです。
大阪でも高校ビラまきをやっています。今回は大阪の状況もかなり明らかになり、東京都と大阪府の連帯した闘いが進んだと思います。
「抑圧あれば反発あり」、これが世の中です。今後も闘いを堅持して行きたいと思います。

◆義務制でもびらまき
大阪では、義務制の学校でもビラまきをしたところがあります。東京では、国立市の「子どもが主体になる学校行事を求める会」が市内の中学校3校全部で卒業式ビラまきをしました。(小学校は25日で、8校中6校でやるようです。)「日の丸・君が代」弾圧は、「10.23通達」前に、国立市から始まったとも言えます。ここでも、2002年くらいからビラまきが行われています。
そのビラの最後には以下のようなことが述べられていました。
「日本の国歌である『君が代』の『君』とは天皇のことです。天皇の治める時代がいつまでも続きますように、という歌なのです。『君が代』を歌うかどうか、起立するかどうかは、一人一人の考えで決めることです。」 

◆大阪の中学校でのこと。(大阪からの報告)
大阪・H中学での卒業生たちに向けたビラを取り上げたこと
昨日卒業生から思いがけないことを聞かされました。校門前で配布した卒業生へのメッセージは、校内へ入ると用意されたゴミ箱(?)に捨てさせられたというのです。
中には、「読んでいたら取り上げられ捨てられた」という卒業生もいました。誰の指示なのかはわかりませんが、これはあまりにひどいです。
卒業生たちは、手ぶらで登校するように指示されていましたので、校門前で受け取ったビラを捨てるよう指示しただけだと校長は言うかもしれませんが。
しかし、Sさんの報告による卒業生への人権侵害ともいえる教員の対応、卒業式のあり方とも合わせ考え、H中学校長へ、なんらかの「申し入れ」をしたいと考えています。
大阪ネット、Tネット、ZAZA、所属組合と相談しながら、個人の問題として終わらせるのではなく、社会的な問題事例としてなんらかの形で告発したいと思います。
このことをフェイスブックに投稿したところ、現段階で252名のリアクションがあります。
「子どもを追いつめるな!市民の会」で一緒に活動している弁護士さんから、「子どもたちの学習権を踏みにじる行為です。しっかり申し入れしませんか。お手伝いします。」とコメントをいただきました。別の弁護士さんからは「私も同じこと考えてました。手を貸しますよ!」といただきました。心強い限りです。
現在、H中に申し入れる抗議書案を作成中です。今後ともよろしくお願いします

大阪H中学校でのビラ取り上げについての高嶋伸欣さん(琉球大学名誉教授)のコメント
高嶋伸欣さんから「財産権の侵害」のコメントメールが届きました。
「今回の、『生徒が読んでいるビラまで教師が取り上げた』という件は「財産権の侵害」です。紙一枚でも生徒が配布されているものを受け取ったところで、生徒の所持品となり財産となったものですし、それを読んでいる最中に取り上げたのであれば、そうした生徒の自由な行動を妨害したことにもなります。
かつて、学校に持ってきてはいけないゲームや漫画(コミック)などを教師が取り上げてそのまま返さずに破棄するケースが頻発し、「財産権」の侵害として学校側が次々に謝罪に追い込まれたものです。今でも実は頻発していて、それに生徒は抗議できない状況になっているから、上記のような行為を教員は平気でやっているのではないでしょうか。
とりあえず ご参考までに。

2019年3月28日木曜日

都立高校卒業式でびらまき その六

都立高校卒業式でびらまき その六

<神代高校> 
神代高校は校舎改築中で、卒業式会場が調布駅前のグリーンホールの大ホールで行われました。昨年もそうでした。学校でないため、時間が変則的でした。
卒業式は午後1時半からですが、卒業生は10時15分までに集まって予行演習なので、卒業生へのビラ入れは9時30分からはじめ9時50分頃からが忙しくなりました。生徒は制服でした。一人で配ったので十分配りきれませんでした。「卒業式おめでとうございます」といって配ると「ありがとうございます」と言って受け取ってくれます。受け取らない生徒もたくさんいます。
9時45分頃小柄な優しそうな若い男性教師が現れてクレームを付けてきました。「ゴミになるから撒かないでくれ」「ゴミを掃除する私たちのことも考えてくれ」の繰り返しでした。「ゴミになるから」というクレームは10年くらい毎年配ってきましたが初めてでした。思想信条の自由、表現の自由など抗議しやり合っていると50分頃、 羽織・袴で正装した女性の教師が出勤してきて、私に向かって「ご苦労さまです! ありがとうございます!」といった瞬間に勝負が付きました。その男性教師は「生徒に受け取るなとまでは言いませんよ、考えて下さい」といって生徒の中に紛れ込んでいきました。彼は生徒になかなか人気があるようだった。それにしても闘う教師がいるということは偉大だと思いました。学校管理職の介入はありませんでした。
 午後12時半から保護者向けのビラ配りをはじめました。私たちと地域で改憲反対の活動をしているいるOさんが「俺の主張も配りたい」と言って、手作りの「日本人なら知っている! 憲法って何?」という独自チラシを持ってきて2枚重ねて配りました。「私の父は戦地に行って戻ってきませんでした。私の命は私のものです。天皇のものではありません」と歌うようにして呼びかけながら配っていました。保護者になかなか好評でした。
一方で、受け取ったビラをもって建物の横にはいり、こちらを見ながら携帯片手に持ち、片手でビラを何度もひっくり返して読み上げたりしてどこかに連絡している保護者もいました。
式が始まる頃、周辺を巡回してきた教師が「お疲れ様です。ありがとうございました。」と声をかけてくれました。「君が代」起立斉唱を拒否し、処分されたA教諭でした。
撒けたビラの枚数はまあまあでした。

<狛江高校>
 Mさんと2人で実施しました。あまり受け取りが良くなく、2人で100枚を越えた枚数がはけました。
すぐに管理職が出てきて、敷地内に立ち入らないことを言ってきました。そして「どこの団体だ」と言ってきたので、「ビラに書いてある。このためにつくられた団体だ」といいました。
校門に「卒業証書授与式」の看板と、「日の丸」が塀のフェンスに縛り付けてありました。
出てきた校長が「学校としてはこのようなビラは撒いて欲しくないのだ」と言うので、「我々も元教員だ。むしろこれを読んでもらうことが教育だと思っている」と返した。
この校長は校門まえで9時過ぎまで監視していました。監視があると生徒は受け取りが悪くなる。そこですぐの通りに入った見えないところに移動したのですが、この校長も見える所まで移動してきたので、元の位置に戻りました。生徒は制服、保護者はリボンをつけていました。

<立川国際中等学校>
8時~9時50分 中高一貫校で一学年の生徒数は少ない。また受け取りもよくない。
教員、保護者も受け取りはよくない。でもとくに批判的な、あるいは敵対的なことはなかった。
主幹と思われる人がそれなりの注意をしたのと8時半過ぎに、おそらく管理職と思われる上品な物腰の柔らかい女性が「これから来る人も多くなりますので事故のないように・・」といいますので、「昨年は来ませんでしたが何回か来ていますので事情は分かっています」と応え お互いに「よろしくお願いします」と挨拶。
ごみ箱だろうか、プラスチックの大きなバケツが門の奥に用意されてはいたが、とくに入れるように指導はしてはいない。入れる生徒も見なかった。
保護者へのご挨拶だろうか、若めの教員2名が門の近くにいるのだが、こちらにもとくにこれといったこともなく、9時半をすぎて門を閉めるときには「こちらの門は閉めます。
向こうの正門に回ってもらうことになりますので」と親切に教えてくれた。
それにしても「世界で活躍 異文化交流云々」の基本はいろいろな意見・考えがあるということを知ることだと思うのだが、このチラシの受け取り具合でそのような素養は育っているのだろうか、国際レベルの人権感覚が育っているのだろうかといつも考えてしまう。

<新宿山吹高校>
この高校は4部制(通信制も入っている)の定時制高校。12:30頃に着くとすでに卒業生たち10名余りが学校の前(広い歩道。そこからすぐに校舎に入る)で、嬉しそうに記念写真を撮っている。彼ら彼女らに「卒業おめでとうございます」と言って、ビラを渡そうとすると、お互い顔を見合わせて、受け取ろうとしない。そのうち、一人の生徒が「気持ちだけ受け取っておきます」というので、「分かりました」と言って、彼らから少し離れたところでビラまきを始める。
1人の男子生徒が近くの花壇の所に座っていたので、「卒業生ですか」と聞くと、「そうです。自分は3年で卒業しなければいけないと言われたので、苦しかったです」というようなことを話した。「頑張りましたね」と言うと、「ハイ」と返事をし、ビラを受け取った。
その後、次々にやって来る生徒や保護者は、「卒業式おめでとうございます」と言うと比較的よく受けとった。そうしているうちに顔見知りになった若い教員が出て来たので
ビラを渡し、「卒業生が嬉しそうにしているね。これまで苦労してきた生徒たちが多いからね」などと話し、ビラの内容も説明する。彼は間もなく仕事があるらしく、中に入って行った。今回は管理職は出てこなかった。
そうこうしているうち、夫婦連れの保護者がやってきたので、ビラを渡すと、「学校に許可を取っていますか」と言うので、「公道でのビラまきには許可はいらないのです」と答えると、今度は二人でビラを見、ビラを返して、中に入って行った。
このようなこともあったが、全体としては穏やかなビラまきだった。

2019年3月25日月曜日

都立高校卒業式でびらまき その五

都立高校卒業式でびらまき その五

<立川高校>
7時45分~9時20分 。ここは女子はほとんどが袴、男子はスーツ。少数の女子がいわゆる和服、男子の10名くらいが羽織袴。
ちらしの受け取りは以前からよくないが、今年は例年よりはよいほうかな。保護者の受け取りもよくない。それでも例年よりは…。
8時過ぎから生徒がぽつぽつ、そのうちに保護者も混じりだし、夫婦と生徒という組もある。両親そろっても多いし、祖父母と思われる年代の人も見受けられる。保護者席は足りるのか。生徒は8時半過ぎくらいからは少なくなり、保護者も9時くらいまで。9時10分以降はほんの少数。式は9時半開始とか。20分に吹奏楽での「威風堂々」が聞こえてきた ので帰ることにする。
立川高校は毎年、近くの交差点から正門までの、どうみても歩道を高校の敷地だ言って、ビラまきをクレームをつける。今年も「副校長の〇〇です」という人が穏やかな口調で敷地の件をいいますので、こちらは「昨日 警察に行き確認してきました。ここが登記上どうなっているかは警察は把握していません。ただ日常的に歩道として使用されているのであれば常識的に歩道として扱うことになるでしょう、とのことでしたので、歩道として認められているととらえて、びらまきをおこないます」とお話ししました。
副校長にチラシを渡し、見ているようなので、「政権批判が出来なくては主権者教育は出来ませんよね」「今の政府はひどいですよね」というと「そのお話をするとブログに書かれることもあるかもしれませんので」とのこと。(学校もブログを読んでいる!)
その後しばらくして出てきた元同僚が、敷地の件やチラシの受け取りを無理強いしないように」など少ししつこかったのはなぜなのだろう。その人は教諭としては退職し、再雇用のはずで、その任用も終わりに近いのではと思うのだが…。

<青山高校>
校門の鉄扉の左右には『日の丸」が括り付けられていた。一方の方には「卒業証書授与式」の看板。8時5分に副校長が「交通の邪魔にならないようにお願いします」と言いに来る。こちら「心得ています」と言う。生徒の受け取りも悪いが教員の受け取りが悪い。
副校長は、ビラを受け取った女性教職員からビラを「取った」ので、「副校長先生、ビラはあげますから人のをとらないでください」と言うと、ビラを返して、こちらに取りに来た。いつの間にか、校門前の空間に青のポリゴミ箱がポツンと置かれた。ビラを入れよとか書いてない。
8時30分頃に副校長がまた来て、「卒業生の登校も多くなってきたので、生徒にビラを渡さないでください」という。ビラを撒きに来たこと、ビラを撒く行為は違反でもなんでもないことを言う。「青山高校はビラを撒くなと言って警察を呼んで大変だった。私たちは学校にも、原宿警察署にも抗議に行った。聞いているでしょ?」と聞くと、副校長は「聞いている」と。なお、その時、ポリごみ箱を置くなんてひどいと抗議した。
卒業生や保護者は校門と看板のところで写真をとり賑わっていた。ビラに「おめでとう」の文字があるので、保護者はよく受け取ってくれる。
男性がビラを受け取りながら「相変わらずやってんだね」という。顔を見ると男性は「顔忘れた?」と笑う。そうだ、去年、一昨年と副校長?として、われわれにあれこれ言って来た人だ。今日は来賓で来たようだ。
青山高校の前を通る国学院高校の生徒で受け取った者もいる。通行人も受け取る。帰るとき、外にいる「警備」の教員にビラを渡すと受け取った。挨拶して終わる。
暖かな卒業式日和だった。警察の姿は見えなかった。

<町田高校>
びらまきをMさんと2人で実施しました。町田高校は町田地区第一の進学校で、広い町田市の中にあって、駅近くの最も利便性のある地域にあります。しかし、学校の前の通りが狭く、同時に交通量が多く、歩行に危険なために、あまり受け取ってもらえませんでした。そして、私は保護者の一人から暴力を受けました。
①学校へ向かう途中から、振り袖袴姿の女子生徒の姿が目立ちました。校門の中では2~30人の振り袖袴姿の女子がワイワイしていました。前日の国立高校との違いは、男子の羽織袴は2~3人でした。国立高校は男子の羽織袴が多く、町田高校の男子はネクタイの背広姿が多かったです。保護者は、国立高校は和服の母親が圧倒的でしたが、町田高校では和服姿の保護者をみることはできませんでした。進学校は着飾った卒業生が多く、学校と間に大きな格差があります。安倍教育(経済)政策の結果です。
②副校長が出てきて、「ここは危ないですからあちらの広いところへ行って撒いてください」と言ってきました。実際、校門前の通りだけでなく、あちらの路地、こちらの路地から次々に車が出てきて、安心して撒けません。歩行者も注意しながら歩いています。
しかし、副校長の言う「あちらの広いところ」というのはかなりあちらで、誰が卒業式で学校へくるのかが分からない場所ですのでそうはしませんでした。
その際、副校長は「表現の自由は認めねばなりませんが、危険です」と言ってきました。これまでとかなり対応が違ってきていると思いました。これは、取り締まりが緩和されたと言うよりも子どもたちを制圧している自信からだと思います。実際、子どもたちの受け取りはすこぶる悪い状況でした。
③保護者の一人が学校の中から出てきて「お前らくだらないことをするんじゃないよ」と興奮気味で寄ってきました。「卒業式だぞ」と迫ってきました。「卒業式だから撒いているのです」と言いますと、「卒業式にこんなものを撒くんじゃないよ」と迫ってきました。
私は「卒業式だから撒いているのです」というと、「ふざけんな。卒業式をなんだと思っているのだ」と言ってきました。
私が「これは教育委基本法14条に基づいた「政治的教養の教育」にもとづいたものですというと、「法律がなんだ」と言って、手で私の腕を強く押し、私は「暴力」を受けました。副校長が「危険だ」と言っている場所での暴力ですから、危険そのものでした。副校長がこの保護者を制止していましたが、何かこれまでと逆さまの感じがしました。
「日の君」訴訟では、私達原告が「卒業式は最後の授業で、子どもたちの教育の結実なのだ」と主張してきたのに、都教委(文科省)は、学習指導要領に基づいた「教育だ」と言ってきたのですから、逆転している感じです。
Mさんが副校長と長くやり合っていました。そんなに危ないと言うならば「警察を呼べ」と言ってやった、と言っていました。卒業式のびらまきは、政治の側面を覗かせています。

<新宿高校>
ビラまきを始めてしばらくすると、年配の男性教員がやってきて、「敷地に入らないでください。交通の邪魔にならないでください」と言うので、「はい。校長さんですか」と聞くと、「そうだ」と言って校門の中に入って行きました。
しばらくすると、一人の男子生徒が登校してきて、ビラを受け取るなり、読みもしないで、その場で破りクシャクシャにしました。そこで私は彼を呼びとめ、「何をするんだ。そんなことをしていいのか。いじめのつもりか。」などと、言っていると、直ぐあとから来ていた若い女性教員が、「どうしたんですか」と言うので、先ほどの経過を話し、「ここには、こんなことをする生徒がいるのか」と言うと、「そうですか、せっかく作ってきたものなのにですね」などと言い、生徒を校門の中に連れて行きました。生徒は薄ら笑いをしていました。そこで、私は、「後で校長に抗議に行くから」と言いました。
すると、しばらくして「副校長です」という男性が出て来たので、先ほどのことを話すと、「申し訳ありませんでした」と謝ってきました。
さらにしばらくすると、ビラを受け取る男性教員がいたので、彼にもそのことを話しました。また、その後にも「ご苦労様です」と言ってビラを受け取ってくれた男性教員もいたので、同じように話しました。
ビラまきでは、「いろいろな意見があることを知ってくっださい」「再び同じ過ちをしない様にまいています。」などと言いながらやりましたが、生徒も保護者もビラの受け取りはよくありませんでした。まけたビラは67枚でした。
ただ、積極的にビラを受け取った生徒が2、3名いました。また、校門で指導してた教員に「頑張って下さい」などとも言われました。

<雪谷高校> 
大田市民の会のメンバー2人と合計3人で配布。弾圧監視のための弁護士が南部総合事務所から1名。8時20分ころ、副校長が形式とおりの通告。生徒は比較的受け取ったように思う。保護者の受け取り状況は昨年よりもよくない。配布枚数は去年よりも少なかったか。でも、無事に終わった。

<つばさ総合高校>
大田市民の会2名と、合計3人で配布。弁護士1名。8時20分ころ、学校関係者が出てきて、形式とおりの通告。受け取り状況だか、何しろ生徒は多くが自転車通学なので。で配布が困難。保護者の受け取りは良好。

2019年3月23日土曜日

都立高校卒業式でのビラまき その四

都立高校卒業式でのビラまき その四

 <松が谷高校>(八王子市)
3人でびらを撒き、300枚近くを持って行き1枚残らず全て撒ききりました。
①生徒には「読んで」と言って渡すと「はい」と言って受け取ったりしました。
それでも受け取らない生徒には「これを読んでちゃんと勉強して」というと受け取ったりしました。もちろんそれでも受け取らない生徒はいましたが。
保護者には「おめでとうございます」というと、「ありがとうございます」と受け取りました。
②私が撒いていると、突然に「Nさん」と大きな声が聞こえました。行ってみると、(都高教組)執行部派で、私達の「日の丸・君が代」運動に反対をしてきた元執行委員でした。「何をしているの」と言うから、びらを渡しました。
その後に、教員が校門まで出てきて監視を始めました。多いときで4人も並んでいました。
管理職らしい女性の教員が出てきて、「ここは公道だから通行の邪魔をしないで」と言ってきました。公道だから何の問題も無いのに!
③ある一人の保護者に渡したところ、びらを見て「これはまずいでしょう」と烈しく叫んだ。この人物、どういうわけか、校門の中に入ってしばらくしてまた出てきてつっかかってきた。「先生方がなにも言えないようなので私が言いますが、今日は卒業式でお祝いでしょう。こんなびらを撒くのはまずいでしょう」と。
私「卒業式だから撒いているのです」。
保(保護者)「どれだけ正しいことを言ってても卒業式で撒くのはまずいでしょう」。
私「教育基本法の14条で、政治的教養の教育はこれを尊重しなければならない、と書かれている。これは法律の則った行為です」。
保「あのね、法律を知っている人が何人いますか。みんな法律なんか知らないですよ」(だんだん支離滅裂になってくる)。
私「法律を守って行動するのは市民に義務ですよ」
保「しかし、ここは公立学校で、その卒業式ですよ。まずいでしょう」
私「都教委も卒業式は教育だと文書で書いていますよ。だから、政治的教養のびらなのですよ」
保「私はね、感情のことを言っているのです。こんなこと感情が許せませんよ」
私「感情は人によって皆違いますよ。みんな違うんですよ」
保「人はみな違うんですよね」と言って、校門の中に入っていった。
この方は教員たちに、「俺がやめさせてくる」と言って、勇んで突っかかってきたのだと思います。

<杉並総合高校> 
ビラをまき始めてしばらくすると副校長が出て来て、「敷地に…」と言うので、「わかっている」と言うと帰って行った。生徒のビラの受け取りはあまり良くない。わざわざ避けて行く生徒もいる。受け取るのが悪いことだとでも教育されているのだろうか。
あるいは彼らなりの無言の忖度なのだろうか。職員はそれなりに受け取る。但し若い教員はあまり取らない。いつも受け取ってくれる教員は今日も笑顔で受け取ってくれた。
保護者もそれなりに受け取る。ある保護者は、ビラに「君が代」について、<卒業生・在校生、教職員、保護者の皆さん 誰にも立たない、歌わない自由があります>という見出しを見て、「私も同じ考えです」と言ってきてくれた。
撒けたビラは多くはなかったが、やはり、同じように考えている保護者はいるのだ。私たちのビラまきがそうした保護者の激励になれば、と思う。まして、そう思っている教職員や生徒の激励になれば、と思う。

<八王子桑志高校>
3人でチラシまきをしました。8時少し前に校門前に着き、チラシをカバンから出しているところに、私たちの来るのを待っていたとばかりに2人の男性が来て頭を下げ、「敷地には入らないでください。自転車登校の生徒も多いのでよろしくお願いします」と言う。「副校長ですか」と訊くと、一人が「はい」。「はい」と言わなかった男性に「あなたは?」と訊くと、「私も副校長です」。副校長が2人いる学校という。
「私たちは毎年、十分配慮して配っていますよね」と2人に同意を求めたうえで、「『日の丸・君が代』についてこの学校では生徒にどのように指導されていますか。私たち市民に説明してください。」と言うと、「今日は(無理)」「後日」と言うので、チラシにある連絡先を指して「ここに連絡をしてください。お待ちしています」。2人はたちまちのうちに退散していった。
この学校も生徒たちのチラシの受け取りは年々悪くなっていて、手渡したのはたぶん、50枚未満。チラシの受け取りが悪くなっただけではなく、生徒たちの表情がよくなくなっているように感じた。保護者は学校が配っている者と勘違いしているだろう人が多数。
手渡そうとしたところで、50代と思われる保護者が、「これは何ですか。」と聞いてこられたので、チラシの見出しを指しながら「卒業式で行われる『日の丸・君が代』について考えていただきたいと思い、ここに投げかけています」。そう対応すると、「ああ、そういうことありましたね。」と受け取って行かれた。

<井草高校>
ビラ撒きは あいにく私一人でしたが約2時間行いました。配布開始時間には 既に 数人の職員が 生徒たちを迎えていた。30分程 経過した頃、校長が現れビラを所望し、「ここからは高校の敷地ですから」と公道との境を指し示す。当方は 最初から公道上で行なっているので何の問題も無い。彼が松葉杖歩行なので 訳を尋ねると「加齢で『大腿骨損傷』のため」との事。天候に恵まれ良かったですね、などの会話をした後、彼は「ご苦労様です」と言い、去って行った。因みに 他の職員からのクレームも 終始無かった。
保護者の来校が途絶えた頃終了。こちらの会釈に 正門の向こうの職員から笑顔の会釈が返ってきたのは意外だった。
それにしても、 報道されている様に、殆どの女子高生の袴姿(男子は1割位)は髪飾りから袴、履物に至るまで、まるで「制服」の様。しかも  両親付き添いで (あるいは祖父母も)次々 タクシーやマイカーで乗り付けて来る姿にはどこにも「18歳」や「貧困」は感じられない。これからの社会に彼らが どう関わって行くのか、彼らの未来が 明るい事を祈りたい。

 <忍岡高校>
 チラシ配布を2名で行いました。 午前8時10分ごろ、正門に、「卒業証書授与式」と書かれた立て看板を出す。その後、副校長と思われる男性が出てきて、遠慮がちに「できれば撒かないでほしい」と言ってきたが、「選挙権も持っている高校生にチラシを読んで考えてもらいたい。それが教育でしょ!」と投げかけたが、反論もなく、立場上、《一応言いましたよ》という態度で引き上げた。別の入口で撒いていた方へも同じ対応だったとのこと。8時30分頃、正門脇の3旗掲揚ポールに「日の丸」・都旗・校旗をあげる。
この学校は、毎年生徒と保護者のチラシの受け取りはよい。今年も徒歩の生徒の7割程度
(自転車で来る生徒の場合は、そのままいってしまう子が多い。)、保護者の9割程度は受け取ってくれた。 教員の受け取りが一番悪く、2~3割。ということで、持って行った約300枚は、9時半になくなり終了。 (まだ、保護者で来ている人がいたが、チラシ切れで渡せず。)

<荒川工業高校>
東京・山谷日雇労働組合の組合員4人で行ないました。午前8:00から9:50まで、玄関の前の門と自転車小屋がある門の二ヶ所で行ないました。
管理職が「ビラまきはやらないでください」「敷地内に入らないでください」と形ばかりのことを言いにきました。最初から「どうせ、言ってもムダだろうけど、都教委への報告書に書かないといけないから」という姿勢があらわでした。
ビラは、歩いてくる生徒や父兄には、「卒業式おめでとうございます」という声をかけて配ると、ほとんどの人が受け取りました。自転車で来る生徒には、無理をして渡して、転倒でもしたら大変なので、あまり配れませんでした。

<福生高校>    
多摩西部市民の会として2人で撒く。生徒の受け取りは以前より悪くなったな、と思うのですが、それでも他校と比べればいい方でしょう。
電車の関係で固まりでくる生徒は先頭が受け取るとまあまあ受け取るが、先頭が受け取らないとほとんど受け取らない(先頭の法則)。以前は先頭がうけとらなくてももう少し受け取ったと思うのだが…。
保護者の受け取りはよいほうでしょう。教職員の受け取りも良く、対応も好意的。副校長が好意的な口調で安全面の注意を型どおりしたのもお約束。06年に私が退職してから勤務している職員は2周りくらい入れ替わっているはずなのだがそれでも元教員というのが効いているのかなと思います。
今まではチラシのほうがなくなってしまっていたので今回は500枚持っていってみました。撒いた数は384枚でした。

<国立高校>
本日は1人で国立高校のびらまきをしました。100枚近くを撒くことができました。
国立高校は東京でも有数の進学校です。最近の傾向では、進学校ほど受け取りが悪い傾向にあります。卒業生の中には、男子の羽織袴と女子の振り袖に袴のいでたちの生徒が多くいて、格差の問題が浮き彫りにされています。保護者も和服の正装の人が多く、他の学校との差が目立ちます。最近は、小学校の卒業式でも和服が現れていると言うから、教育の格差を象徴しています。
とにかく生徒は受け取らない。保護者は誇らしげに校門で列をついて写真を撮っていました。保護者の受け取りはまあまあでした。通りかかった市民がびらを受け取り、「これは共産党か?」といって通っていきました。「違います」と言ったのですが。
元同僚が出てきて「Nさんお元気でしたか」と挨拶されました。
この国立高校は、通学時間が自由なために、例年はいつ登校するのかわからない、何時までもポツンポツンと登校してきていましたが、今年は時間に集中して登校してきていました。昔は、進学校と言えば、社会問題に最も関心が高かったのですが、最近は進学校ほど無関心の傾向が特徴的です。

<白鴎高校>
4人でビラまきを行いました。教員が出勤して来ましたが受け取りは良くありません。
既に、卒業証書授与式という看板が出ていて、校庭の三本のポールの一本に日の丸が掲げられていました。生徒も徐々に登校してきましたが、生徒もあまり受け取りは良くありません。
8:15ころ、6人ぐらい教員が校舎の入り口に待機し、生徒にあいさつしながら、登校を見守っています。待機していた若い女性の教員が、ビラまきをしているメンバーからビラ一枚をもらっていきました。
9:00過ぎに卒業式に参加する保護者がちらほら現われました。保護者は、7割がた受け取っていました。
9:50には、保護者も構内に入ったので、ビラまきを終了しました。
ここの高校は、ビラまきをしていても、何にも言ってきません。校長、副校長らしき人も見かけませんでした。

<昭和高校>
 7時45分~9時50分 多摩西部市民の会として2人で撒きました。ここは受け取りが悪いところです。オリンピックチラシの時は12枚とか多くても20枚いったかな、というところです。
はじめの4人に渡せたので 今日はさい先がいいなと思ったのですが、やはり悪い。それでも卒業式、ぽつぽつとは受け取る生徒はいます。
3年ほど前までは女子は袴、男子はスーツが多い学校でしたが、強力な指導があったらしく2年前の袴2名を最後に去年からは全員が制服になっています。在校生との区別がつきにくい。在校生と思われる生徒には「在校生もどうぞ」と一言付け加えると受け取ることが多い。保護者も受け取りは悪い。
校長と名乗る人が大きい声で「ここで配らないでくれ」というようなことを言う。議論はしない。「指導要領に則っ取って行ってる」ともいう。とにかく人の話は聞かない。こちらが「教育委員会に『言うことはいった』と連絡しておけばいいんでしょ」というと、何かごちゃごちゃいいながらも帰って行った。

2019年3月20日水曜日

都立高校卒業式でビラまき その三

都立高校卒業式でビラまき その三

<富士森高校>
生徒の受け取りは悪い。しかし、完全無視ではなく敵対的な雰囲気もなく、何となく好意的な雰囲気で笑顔を見せながら軽く会釈して受け取らないという生徒が多い。
生徒数は25学級で1000人弱か。次から次に来る感じ。
年配の教員は受け取りはよいが若い人は受け取りがきわめて悪い。保護者の受け取りもよいとは言えないが、夫婦そろっても多いので受け取りは悪いながらも230枚くらいの枚数になった。
きわめて腰の低い女性の副校長が、敷地内に入らないように、事故のないように、と丁寧に挨拶。校門近くの教員も好意的な感じ。式に出席の町会長が自転車で来て「変態男が近くに来ているので、こっちに来ると思うので厳しく対応して」と私と近くの教員に伝えていく。結局その男は来なかったが、、、。
元同僚の女子教諭もこの3月で配偶者が定年退職するのにあわせて定年前退職するとか。知っている教員がどんどん少なくなります。高校生がやたらにかわいく見えるのは 私が年をとったせいかな。

<町田総合高校>
二人で行きました。8時過ぎ、硬い表情の中間管理職と思しき背広組が「グルッと周り見て」など、数人で学校の周囲に目を光らせている。彼らは、私たちの存在は見て見ぬ振り。何も言わない。
入り口近くのポールに三旗掲揚。看板は「第7回卒業式」で、ほっとする。
教員は、にこやかに受け取ってくれる方と、緊張して顔を背ける人に二分。生徒は最初は警戒している人もいたが「生徒も教員も、いろんな人がいて当たり前。それでいいんだ。
社会はもっと複雑だよ。頑張れ」と声をかけ続けると、明るい笑顔でほぼ全員受け取ってくれる。保護者もうけとり良好。
「日の君」不起立処分を話すと「え?!知らなかった」。「私の子育て中はそんなことなかったのに。 それはなんなのよ」という年配の方。現在80歳とか。「学校は教員をいじめるし、なってない。私は今の教育は『レシピ教育だ』って怒ってるのよ。だから子どもたちは自分で考えて対応できないのよ」などなど憤懣やるかたない様子。おかげで、こちらも元気に。
副校長かナ、が出てきて型どおりの注意。その後、背広にオリンピック紀章つけた
教育委員会と思えるのがタクシーで乗り付け。中間管理職が丁寧にお出迎えして保護者とは別の入り口に案内。「バスで来なさいよ。タクシー使うんじゃないヨ」と一発。
9時すぎには手持ちのほぼ200枚の ビラが底をつき、残念。
「また来年きます」とあいさつすると、中間管理職諸君とは対照的なお二人の教員が笑顔で見送ってくれました。嬉しいビラまきでした。

<豊多摩高校>
3人でまきました。生徒はほとんど受けとらず、受け取ったのは20名ほど。先生で、「頑張ってください」と声をかけてくれる方がいて、2枚とっていきました。
その後、「副校長から言われて1枚渡したのでもう一枚ください」と取りに来ました。
この先生が登校する生徒の指導教員で校門に居たためトラブルはなく、副校長は一度見に来ただけですぐ戻りました。

<小松川高校>
学校に着くと、予備校らしき男性2人がティシュのようなものを渡していた。
先生でビラを受け取る人は60%くらいか。男性教員(校長?)が出勤してきて門にはいるところで「ビラを撒くな」と怒鳴る。立ち止まることもなく、そのうえ、校内を歩きながら「警察を呼ぶぞ」と怒鳴るので、こちらは「どうぞ呼んでください」「警察を呼んでください。待っています」と言う。ティシュ配りはいなくなった。
用務員さんと思われる男性が「第71回卒業式」のタテカンを門にだす。「日の丸」はない。3本ポールもない。非常にすっきりしている。卒業生の何人かはそこで写真を撮っていた。
しばらくすると。自転車の制服警官がきた。「ビラを撒くのをやめてください」と言う。学校に言われてきたと言う。私は「こういうビラまきは違法でもなんでもない。裁判の判決も出ている。この学校だけで撒いているのではない。いろんな高校で撒いているが、警察を呼ぶような校長はいない。だから、校長にそういうことを言ってください」と言うと
警官は「そういうことは私の口からは言えない」と。
ちょうど、私と警官が穏やかにやり取りをしている時、学生が止まり、「今日は卒業式ですからビラを撒かないでください。ビラを撒くなら別の日にしてください」と言う。
私は、「今日は卒業式だから撒きに来ました。別の日にも、別のビラを撒いている学校はあります。あなたの意見はちゃんとみんなに伝えます」と答える。
警官は報告をするために校舎に向かい、玄関ドア-の向こうで男性教員と話していた。戻ってきて、「この学校だけでやってるんじゃないですよね。手分けしてやっているのですか?」などと聞く。「あなたの名前はなんて言うんですか」と言ってから「言いませんよね」と向こうから言う。「当り前じゃありませんか」で終わり。警官は帰っていった。
校長は結局出てこなかった。だから、敷地内で撒くなとかいう注意もなかった。いきなり「警察を呼ぶぞ」とは短気のせいかも。それとも小心なせいか。笑える!
ビラをいらないと返してきた人2人、丸めて返してきた人1人。正門前のテニスコートの網に「進学推進校」というバナーがあった。

<第三商業高校>
今朝、江東区の第三商業高校卒業式(全日制)の校門前で、1人でビラまきをしてきました。この学校は隣は民間マンション、向かいは福山通運の大きな倉庫(東京本部)ですが
1階はミニストップ、大戸屋、福山の企業内保育園などになっています。
8時5分前から撒き始め、9時45分まで配布できました。
開始後45分ほどしたころ(保護者受付開始の30分前)に副校長が現われ、穏やかな口調ではありましたが「敷地内には絶対入らないようにしてください。生徒や保護者には配らないように」との要望がありました。敷地には入らないが、配るためにやってきたのだから「そういうわけにはいきません」と答えておきました。
少しあとに「こういうチラシをわざわざ印刷しているのか。保護者の邪魔にならないように」という方がいたので、てっきり指導部の先生かと思ったら「わたしは用務の者だ。第三者なので公平に見ている」とのことでした。非正規職員の方かもしれません。
4割くらいは自転車通学で、しかも入口が2つあり、わたくしは電車通学の生徒にしか渡せませんでした。いまどきの生徒なので、路上のビラは受け取らないことが条件反射のように身についているようで、こちらが「お早うございます」と呼びかけても目を合わそうとしません。たまたま目が合い、うまく手のあたりにチラシをもっていけた生徒だけ、もらってくれる感じでした。一人が受け取ると、つられて次の生徒も受け取るような、他人の行動に合わせることもいまの風潮のように思いました。
生徒は、男子2割、女子8割ですが、在校生も卒業生も同じ制服なので見分けがつきません。もらったビラをみてまず目に入るのが「ご卒業おめでとうございます」というキャッチなので、ときどき「ワハハ」という笑声が聞こえてきました。たぶん在校生だったのでしょう。晴着を着ている生徒は1人もいませんが、口紅などの化粧をしている女子は大勢いました。生徒に撒けたのはせいぜい50枚くらいだと思います。
教員も路上の通行人と見分けがつかないので、何枚も渡せていないと思います。
保護者は「ご卒業おめでとうございます」と声をかけると、「ありがとうございます」といって受け取ってくれる人が多いのはいままでどおりですが、やはり路上ビラを受け取らない習慣がついていて「ありがとうございます」とだけいって受け取らず通り過ぎる人も2割くらいいました。
「こんなもの気分が悪いから、こんな場所で配るな。あっちで撒け!」と怒って向かってきた若いお父さんが1人いました。校門前で配るのが気に入らなかったようでした。話には聞いたことはありますが、こういう体験はわたくしは10年ほどやっていて初めてでした。
この学校は校門に「卒業証書授与式」という看板は立っていましたが、国旗や校旗はありませんでした。どこにもないわけではなく、はるか遠くのグラウンドの3本の掲揚ポール(校舎の近く)に掲揚されていました。でも、すがすがしい校門前風景でした。

<光が丘高校>(Nさんから)
ビラまきは、練馬教育問題交流会の2人と都教委包囲ネットの人と3人でまきました。
まき手が少なかったので、包囲ネットと、教育問題交流会のビラを一緒にしてまきました。
天気もよく、出足も、歩いてくる生徒はだいたい受け取ってくれて(自転車の人はなかなかとまってくなかったけれど)、最初は順調でした。
だいぶ早い段階で、「交通のジャマにならないように」と教員が言いにきたけれど、すぐに引き下がりました。ところが、生徒に加えて保護者も増え始めた9時すぎぐらいに制服警官が自転車でやってきて、「高校前でビラまきをしているので迷惑している。やめさせてほしい、と匿名通報があった。どういうことでビラをまいているのか」と言ってきた。「交通の妨害にならないようまいている。受け取らない人に強制はしていない」と説明しても、住所や名前を聞いたり、いろいろ言ってきた。
その間もビラまきをOさんが続けておりましたが、特に、トラブルがないようなことを確認すると、去っていきました。その後もビラまきは何事もなく続けられました。
ただし、気がついたら、高校側は玄関前に「燃やす」と紙が貼ったゴミ箱をおきました。
ただし、ビラをそこに入れていった生徒や保護者は少なかったようです(多ければ、回収も考えたのですが)。
警察官の介入がなければ、もっと撒けたのに、とちょっと残念でした。あと、校門前には、事務職員もしくは用務職員が「日の丸」と都旗を掲げました。

<光丘高校>(Hさんから)
(この高校はすでに報告がありましたが、別の方の報告です)
晴れて、寒い日です。光丘高校正門前でまきました。7時44分着、正門には卒業証書授与式のタテカン一つ以外何もなし。
門前には係の在校生が10人ほど。教師は2~4人ぐらい。私のことは無視。47分、いったん立ち去った彼らが正門の上に乗せるアーチを運んできた。
第40回卒業証書授与式(だったかな?)と書いててある。アーチを取り付けたのち、ポールを2本運んできて、かなり大きな旗を2つ、正門の両側に取り付けた。一つは日の丸で、一つは紫色の旗。東京都のマークじゃなさそうだが、校旗なのかな?
これで8時までに準備が整いました。
練馬の会から二人きました。黄色のビラでした。お互いのビラを交換して、黄とピンクを重ね2枚づつまきました。
受け取りは、生徒は「普通」でした。集団で歩いてくる生徒、自転車で来る生徒は通常は受け取らないが、わざわざ寄ってきて取っていく人もいるし。教員はほとんど受け取らない、通行人は意外と受け取る、という印象でした。保護者は「おめでとうございます」と渡すと、「ありがとうございます」と普通に受け取ります。
途中で起こったエピソードとしては、8時ちょっと過ぎ、副校長らしき人が来て、「迷惑なので正門前でやらないでくれ、以前に近隣から苦情が来たこともある」と言いました。
「迷惑にならないように気をつけて撒きます」と答えました。
次に別の人(女性)が来て、「参考にするのでください」と言いました。2枚セットで渡しました。そのあとしばらくして、「もえる」と大書した紙を貼ったゴミ箱が正門内側におかれました。生徒は捨てていませんでしたが、親で二人、捨てている人がいました。
その二人のうち一人は、私たちのところに抗議に来ました。「生徒たちの晴れの日なのに、考えてやってくれ、ひどいじゃないか」と言いました。「もちろんです。晴れの日であるからこそ、です。」と答えました。もう一人の捨てた人は、抗議には来ず、ただ、雑巾を絞るようにビラをギリギリとねじってから捨てていました。
大きなバンが正門前に止まり、今風の音楽を流しています。5人の若い男女が降りてきて、はしゃぎつつ誰かを待っている様子。一人が「何配ってるんですかー」と来たので、「18歳から有権者なのだからね、高校生もちゃんとニュースを見て、世の中のこととか勉強してくださいね、って、書いてあるんですよ」と2枚セットを渡すと、「ふーん」と読んでいました。
お目あての人は卒業生の女性で、「おめでとう!」と声をかけられて照れていました。皆でいる写真を撮ってくれと頼まれたので数回シャッターを押してあげました。(そのあと彼女は「みんなが来ちゃってー、ごめんなさい」と教師に謝っていました。)
その同じ車は田柄高校の卒業式にも来ていたそうで、彼らは中学校の同級生ではないだろうかと練馬の会の人は言っていました。
すっぴんでこないとダメなんだよー、化粧全部拭き取られるよーと友人に叫んでいる女生徒がいましたから、生活指導にはうるさい(あるいは生活が崩れてしまう生徒に悩まされている)学校のようです。
他にも、(既卒の)卒業生らしき生徒たちが後輩のお祝いに校内に入ろうとして教師に止められたり、明るくて軽くて楽しい雰囲気の会話が聞こえていました。
自転車に乗った警官が一人来て、練馬の会の男性に声をかけ、名前を聞いたり生年月日を聞いたりしていました。そのあと私のところにも来ました。
近隣住民から110番があって、卒業式の門前で妨害していると言われたそうです。光が丘署のTさんという方だそうです。いかにも人の良さそうなおまわりさんで、大汗かいて困りきっている雰囲気でした。地域のおまわりさんですから、私は「いやー私だって、雰囲気壊さないようにスーツ着て来てますし、交通安全にも気を使っているのですよ。自転車と接触しないように1m離れていますし、チラシ欲しい人はわざわざ寄ってきて受け取っていくのですよ、無理に渡すなんてありえないですからー。」などとにこやかに会話をしました。
警官は都教委包囲ネットワークと練馬教育問題交流会の連絡先を書き写していきました。
練馬の会の方によると、警官が来る前に、じっとこちらを見ていた不審な男性がいたので、おそらく彼が公安で、通報して、「名前を聞いておくように」と指示したのではないか?ということでした。
最終的な枚数は、練馬の会の方は「149枚まけた」と言っていました。私が最初に着いて撒いていたので、私は数えていなかったのですが250枚くらい撒きました。
教師らしき人が数人、10時過ぎても門前にいました。その中の先頭にいた人(終始私たちのことは無視していましたが)に、終わる時に「お世話になりました!」と声をかけたら、ニコッと笑って会釈を返してくれました。

<大泉高校>
正門から奥の方へと続く桜並木は蕾でしたが、真っ青な空に映えて、のどかでした。
大泉高校は、ちらしの受け取りが芳しくないし、8時からでは生徒数も少ないような記憶があったので、7時45分に行きました。ちょうど、用務主事が『卒業證書授与式』の立て看板を取り付けているところでした。生徒たちは既に、ちらほら到着していましたが、
期待したほど多くはありませんでした。
大泉高校は入り口が幾つかあるので、違う門を使う生徒が結構いるのでしょうか。
卒業生も在校生も制服なので、「おめでとうございます」と声をかけて渡そうとすると、
「えっ、違います」と言う生徒が続いたので、それからは、「読んでくださいね」とだけ言って配りました。保護者の中に、いったんは受け取って、歩きながら読んで、途中で戻って来て、「こんなもの、いらないよ!」と突き返した人が一人いました。「日の丸」の旗は、門にも校舎の上にもグランドにも、どこにもありませんでした。
9時過ぎに副校長がやって来て、「公道ですから気をつけてください」と穏やかに言いました。私が、「いいことが書いてありますから読んでください」とちらしを渡そうとしたけれど、受け取りませんでした。立て看板の横で記念写真を撮る親子が何組もいました。
最近は、親(保護者)の言うことに従う子どもが随分といるなぁと、不思議な気持ちになりました。ちらしは、大泉高校はこれまで二桁しか撒けなかったので、100枚しか持ってゆきませんでした。保護者の受け取りはまぁまぁだったので、撒き終わってしまい、もう少し持ってゆくべきだったなぁと反省しています。撒き手は4名でした。

2019年3月18日月曜日

都立高校卒業式でびらまき その二

都立高校卒業式ビラまき その二

都教委包囲ネットは、都立高校卒業式で撒くビラについて、毎年内容とともに漫画のコンセプトを考え、漫画家(壱花花さん)にお願いして作成しています。
包囲ネットのビラを、大田市民の会、大田9条の会、百万人署名運動、河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会、多摩西部市民の会、授業してたのに処分の会、等々の組織、グループの人たちも撒いて下さっています。皆さんも、来年はぜひご協力ください。なお、ビラまきは8時~10時まで行うことにしています。教職員にも撒く場合は7時30分頃から行います。
各校ともだいたい200枚くらい前後を配布します。今回の場合、一番少ないのは都立西高で25枚、一番多いのは福生校で384枚でした。このことは単に受け取った人が多いか少ないかという数の問題ではなく、教育全体にかかわる問題、社会問題と考えるべきだと思います。

<田園調布高校>
大田市民の会、大田9条の会など4名で配布。生徒も保護者の受け取り状況はまずまず。
8時20分に校長が出てきて、型通りの通告、敷地内に入らないでくださいとか。
4人で撒いたので260枚配布。

<蒲田高校> 
小雨降る中、8時から10時まで撒く。大田市民の会と5名で配布。弾圧監視のために弁護士1名。2005年にビラまきを始めてから一貫して、南部法律事務所の弁護士さんは学区の学校に弾圧監視で来てくださる。
生徒の受け取り状況が良くない。保護者はまあまあ。保護者には外国人がちらほら。
8時20分ころ、学校側から型通りの通告。

<田柄高校>
Oさんと二人でビラまきをしました。生憎雨でしたが、雨だったのでかえって受け取りが良かったです(雨だから自転車通学が少なかったため!?)。
卒業生、在校生はともかく、親は完全にビラを撒いているのは学校関係者だと思っていたようです。
学校側の対応は、撒きはじめてしばらくして、校門内に警備係の教員が立っておりましたが、全く何も言ってきませんでした。1時間ぐらいたって、副校長らしい女性教員が出てきて、「交通の邪魔にならないように気をつけてください。」と一言いって、後はしばらく監視はされました。一番むかついたのは、最後の方に警備に出てきた若い教員(新卒くらい)が、「どういうことでまいているのですか?学校の関係の方ですか?」といちゃもんつけてきたので、「いろんな都立高校で配っています。こういうビラです。別に見てもらっても問題ないですよ」とつきつけたら、黙ってしまいました。
ほんと、現在は、若い教師ほど、都教委の顔色をうかがっていて、権力的であることがよくわかりました。
あと、おもしろかったのは、ビラを受け取った女子生徒が、4人ほどビラを返してきたのだけれど、「ご苦労様です。頑張ってください」と言いながら返してきたので、「はて?」と思ったのですが、後から考えて見ると、彼女らは在校生で、「このビラは卒業生でなければ受け取ってはいけない」と思い込んでいたのではないか、と考えました。
また、田柄高校は外国人学生が多く(当然、親も外国人)、特にフィリピン系が多いという印象でした。
二人で配りましたが、そもそも生徒の少ない学校なので、通過した人の半分ぐらいは受け取ったのではないか、と思います。幸先のよいスタートとなりました。

<永山高校> 
地域の市民と6人で撒きました。途中、「副校長です」というのが出てきまして、「びらを1枚ください」と言うことで渡しました。それ以上のことはいいませんでした。
女子生徒が2人、校門から少し離れたところで頭にスプレイをかけていたので、「何をしているのかと聞くと」「髪を黒くしているのだ」という。式に出してもらえないというので、「憲法26条に教育を受ける権利があるので、『出さない』といったら憲法26条だ、と言えば良い」と言ったら、「憲法26条ね!」と言いながら校門の中に入っていった。受け取ったびらを返しに起きた生徒と保護者が1人ずついた。
3年ほど前に、校門の中にゴミ箱を置いて、びらを回収していたことがあった。その時、写真を撮るとともに、その教員に「ちょっと出てこい」といって、強く抗議したことがある。それ以来、ゴミ箱はなくなった。

<片倉高校>
3人で配りました。校門前についたときに、ちょうど卒業式の看板をくくりつけていました。その後いつもの副校長が出てきて「自転車で来る生徒に無理に配らないように」といつもの注意をしていきました。
卒業生も在校生もいつもの通り8時頃から大勢来ましたがほとんど受け取ってくれませんでした。教員は早めに来ていたのかいつもより少なめで、受け取りもいつもより悪かったです。それでも8時半近くになるといつものように手を出してチラシを受け取ってくれる生徒たちや自転車を止めて受け取ってくれる生徒たちがいてほっとしました。
8時半を過ぎて生徒たちは一段落。ふと見るとポールに旗が翻っていません。「えっ、今年はないのかしら」とちらっと思いましたが、9時10分前ぐらいにちゃんと揚がりました。9時過ぎからは保護者たちが来はじめて,こちらはほとんどの方が「おめでとうございます」の言葉に「ありがとうございます」と受け取ってくれました。

<西高>
杉並1000人委員会の方と二人でやりました。卒業の女子生徒たちはほとんど和装で校門前に立てられた「卒業式」の看板の前で、保護者も含めて写真を撮ることに夢中で、ビラはほとんど受け取ってくれませんでした。男子生徒は背広姿(一部は羽織袴)が多く、こちらもほとんどビラを受け取ってくれません。
これほど、ビラまきを無視する生徒・保護者もめずらしいです。しかもここは都内でも「学力」トップクラスの高校です。ここはかつては民主的な学校として有名な学校でしたが、今はそうした校風がなくなったのでしょうか。
また、教員もほとんど受け取ってくれませんでした。それでもやはり「ご苦労さまです」と言ってビラを受け取ってくれた教員はいました。残った数少ない良心的な教員なのかもしれません。都合で9時前に終わりにしましたが、撒けたビラはたったの25枚(昨年は78枚)でした。

<八王子北高校>
Sさん、Mさんと3人での配布。受け取りは以前より悪くなってはいるが穏やかで素直な印象の生徒が多い。副校長が穏やかに敷地内に入らないようにの注意をしたくらいか。
「先頭の法則」(注:先頭が取ると後続の人も続いて取る)がかなり生きているように感じました。
雑談:式の始まる少し前くらい(生徒集合には十分に遅刻と思われる時間)に脱色だろうか、見事な金髪?の男子生徒、校門を入ろうとして若い(と私が思う・・30代後半くらいかな)の教員に止められしばらく話している。声を荒げるでなくお互い笑みを浮かべている感じで、人間関係は悪くなさそう。
しばらくして保護者としては若すぎると思われる女性がきて、その教員ともため口で話をしてから男子生徒と一緒に入ろうとする。
教員が止めると「あたしこの子の保護者、この父親と再婚したの」。教員が「だったら早く言ってよ」と。で、生徒も中に無事に入っていきました。
35年くらい前に2学期の始業式に同じように金髪?にしてきた男子生徒を怒鳴って帰したことがある私としてはさて、いま教員だったらどう指導したかなと考えてしまいました。

<足立高校>
先生二人が校舎内外の整備をしていた。「先生」と声をかけると一人が近づいてきて、「ビラはまかないでください」という。「教頭さんですか」と聞くと「いえ、副校長です」と。型通りのやり取り。「ビラをどうぞ」というと、「いらない」と言う。「都教委に提出しなければならないかもしれませんよ」というと受け取る。
その後、もう一人の先生が「卒業証書授与式」と書いてある看板をしっかりととめる作業に来たので、その先生に「卒業証書授与式」とするか「卒業式」とするかは、どこで誰が決めるのかと聞いたが、その先生は全くの無言だった。
実際、男子の卒業生が看板を見て、「なんだ卒業証書授与式なのかよ」と言っていた。確かに「卒業式」と「卒業証書授与式」では生徒にとってもニュアンスが違うと思った。卒業式の方が圧倒的にいいのではないか。
「日の丸」は門にはくくりつけず、門のそばの3本ポールにあった。
副校長が白衣を着た女性教員(理科?)と来て、自転車通学の生徒が多いから気をつけてとかくどくどと言った。「いつも来ているからわかってます」と言うと、「去年は来なかった」と副校長は言う。
白衣を着た女性に「あなたも副校長ですか」と聞くと「いえ、副校長は一人ですからちがいます」と応える。なにしに女性はついてきたのだろう。
近所のおばさんがタブレットをもってごみ収集置き場を写しているようだった。学校前にも来て私を撮ったので、「なんで撮るの」ときくと「うさんくらいから」と言った。
保護者は正面玄関から入るのだが、入口左右に紙を貼ったゴミ箱を置いた。遠くてなんて書いてあるかわからなかったので、外にいた副校長に声をかけて、「なんて書いてあるのか」聞いた。副校長は「用のないものは入れてください」というようなことが書いてあったと言う。私は「ビラを入れさせようとしているのかもしれないが、それはおかしい、姑息だ」という。副校長は「ビラがじゃまかもしれないから」というようなことを言う。私は「こんな紙のどこがじゃまになるんですか」と言う。
生徒の出入口の方にも置いたかもしれない。学校がそんなんでいいのか!
若い教職員はビラをとらない。
学校の校舎に「都教委 中堅校」という垂れ幕が下がっていた。そんなランクを当の学校に出してどうするんだ、励ましとでもいうのか。差別を煽っているに過ぎない。

<足立西高校>
一人で撒いた。
①ビラまきを始めると教員が出てきて、門で隠れていた鉄柵を引き出して「無断立入禁止」警告を見えるようにしていきました。そこには「…許可なく校地校舎内に立ち入ると警備センターを通じて警察へ通報されます。」とありました。
出てきた副校長(50歳代後半、男性)に「いつからこうなったのですか?」と聞いてみました。「だいぶ前に、小学校で子どもが不審者に斬りつけられるという事件などがあって、それからセキュリティが厳しくなった」という返事。
「カメラがあちこちにあるなんて、監視されていて嫌じゃないですか。」と聞くと、「いや、それよりも子どもの安全が一番ですよ」とのこと。「自由じゃないですよね」と言うと、「いや、自由ですよ」ということでした。「監視カメラ~警備会社~警察」で、その気になれば、警察が日常的に学校の中を監視することができる。すぐ警察が学校の中のことに介入できるなど、私などはぞっとする思いですが、それが「子どもの安全のため」にと合理化されている。本当におかしいと思いました。
②この後、また「びっくり」する光景が…。
それは、しばらくすると、7~8人の若い教員たちが現れて、学生をあちこちで取り囲んで「頭髪のチェック」をやり始めたのです。私から見ると黒い髪だしきちんとカットしてあって問題はないと思うのですが、カットの仕方に問題があるらしく、しつこくチェックしていてなかなか門の中に入れてもらえません。とにかく異様な光景でした。
「なぜここまでするのか」と教員に聞いてみると、「校則で決まっている」「何度も注意してきた」とのこと。厳しい理由は「就職試験で困るから」なのだそうです。
そして「注意を聞かず、ひどい場合は別室で卒業式をやる」とのこと。う~ん、これが教育?やっぱり、おかしいー。

2019年3月17日日曜日

都立高校卒業式でビラまき その一

都立高校卒業式でビラまき その一
 
3月1日から都立高校の卒業式が始まりました。最後は3月22日です。
都教委・包囲ネットは今年も、卒業式の日に、正門前で卒業生と保護者に「おめでとう」とともに時代状況を訴えるビラを撒きました。都教委・包囲ネットの他にも「練馬教育問題交流会」や「地域と学校を結ぶ板橋の会」なども地域でチラシ撒きを行いました。
今年で15回目になります。今年は3月8日(金)に49校、3月9日(土)に81校と卒業式が集中したこと等々で、撒く体制が十分取れませんでしたが、それでも約1万枚からのビラを撒きました。
今年もいろいろなことが校門前で起こりました。
ビラまき報告が寄せられたところを紹介します。

■高校ビラまき報告 
<青井高校>
4人で、7:55からビラを撒き始めました。教職員が登校していましたが、ビラの受け取りは良くありません。
8:10ころ、二人の教員が出てきて、年配の教員が、「敷地内に入らないでくれ」と言ってきました。そのあと、しばらくして若い教員が2人で「卒業式」と書かれた看板を正門にかかげ、案内係と思われる教員が2人、正門に立ちました。
生徒は次々と登校し、ビラを受けとって行きました。
8:35ころ、ひとりの教員が出てきて、ビラを配っているメンバーひとり一人に「生徒、保護者にはビラを撒かないでくれ」と言ってまわりました。
「ビラをまく自由はあるんじゃないですか?副校長ですか?」と聞くと「校長です。ビラの内容は学校の方針と違うので」と言うので、「ビラをまくなというのは、都教委の方から指導があったのですか?」と聞くと「いや、うちの高校の判断です。警察には連絡しました。」と言って帰っていきました。
高校の敷地外でビラを配るのは自由なので、引き続きビラまきを最後までやりました。
9:45には、生徒も、卒業式に参加する保護者もほぼ校内に入ったので、ビラまきを終了しました。
保護者でビラを見て、返してくる人が3人ほどいましたが、生徒、保護者も結構受け取りが良かったです。
ある生徒は、「沖縄のことが書いてある」といって受けとっていきました。
警察に連絡したと校長は言っていたのですが、警察は来ませんでした。例年、青井高校で撒いていますが、「警察に連絡した」と校長が言ってきたのは初めてでした。

<杉並工業高校>
杉並1000人委員会の方と二人でまきました。職員ではいつも受け取ってくれる方々が今日も笑顔で受け取ってくれました。生徒の受け取りはあまり良くありませんでしたが、それでも、中から出て来て受け取る生徒が2名いました。保護者は殆ど受け取ってくれましたが、1人の保護者がビラを返し、「共産党?」と聞いて来たそうです。

 <野津田高校>
町田市にある都立野津田高校にいきました。Kさんと二人で撒きました。この野津田高校は、かつて(ビラまきを始めた頃)、ビラまき逮捕が起こった学校です。
野津田高校のバス停の場所が「学校の私有地(敷地内)」だというので、不法侵入で逮捕されました。バス停の場所が学校の私有地だなんて区別がつかない場所の状況です。
昨年は、警察の車に監視され、帰りの車の後を付けられました。
自転車通学も多く、撒きづらい学校です。途中、副校長が来て、「敷地内に入らないでください」と言いに来ました。
この学校には被処分者のOさんがいて、私達の方に来て、顔を出してくれました。「教員の定数欠員校で、授業を組み合わせて大変だ」といっていました。

 <足立新田高校>
この学校は出入り口が3ケ所ある。自転車置き場のところと裏門と正門。それぞれに学生と教員が来る。2人で撒く。
①8時25分までは自転車通学の学生が入る通用門と裏門で撒く。校門の前で撒く。昨年までは通用門のところに私服車が現れていたが、今回は現れなかった。
15分頃に副校長(60歳前後、男性)が出てきて、「自転車の妨害にならないように」としつこく言ってきた。「ビラまきをしてはいけないのか」と聞くと、「いや、それは自由です」「でも向こうの方でやってください」と言ってきた。
副校長が出てくる前は学生にけっこうビラを渡せていたのだが、副校長が出てきてからは副校長がじゃまになり、自転車の安全を考えたりでビラを渡しづらくなってしまった。
②8時30分からは、正門前に移動した。しばらくしてからまた副校長が出てきて、「敷地内に入らないように」「荷物をここへ置かないで」と言うので、「もともとここは誰の土地でもなかったはず」「学校はもっと地域に開かれた場所であるべき」と言ったが黙っていた。
③「敷地に入らないように」とうるさいので、「ちゃんと歩道で撒いているではないですか」と言うと、「さっき校門の中まで入ったではないか!」と怒鳴ってきた。
それは、自転車で入る学生が入りながらビラを受け取りに戻ろうかという仕草をしたので追いかけて渡したときのことを言っていたのだ。その時正門のところに教員はいなかったが、どこかでずっとビラまきを監視していたのだった。
「警察みたいですね」と言うと、「ええ、警察と同じですよ。法令は守らないとね」と躊躇なく即反応したので、「警察と学校はちがうでしょ」とびっくりしてしまった。
こういうのも都教委に報告するんですかと聞くと、それはしないと言った。
④この会話を聞いていた保護者(女性)が、「犯罪から子どもたちを守らなきゃならないし」と言ってきた。「私たちもこうしたものを持たされているんですよ」と首から下げていた通行証を示した。卒業式に参加する保護者は事前にこうしたものを配られているということのようだ。日常的にもそういうことをしているのか、詳しくは聞けなかったが、「犯罪防止」の名のもとに、警察との連携が強まり、さまざまな「自由」を売り渡してしまっている教育現場の現状を改めて目の当たりにした。
⑤2人で撒いたので、持っていったビラ250枚は9時40分にはなくなってしまって残念だった。

<山崎高校>(町田市)
町田市在住者二人でまきました。大規模団地の中の小さくのんびりした雰囲気の学校。
ここは経験上生徒さんの受け取りが良いので、雨でも気楽に行けました。
8時に着いたら、2人がかりで正面の門扉にポールを苦労して縛り付け、「ひのまる」と「校旗」を掲揚中でした。看板は「卒業証書授与式」。
小雨の中でしたが、処分の話をすると立ち止まって聞いてくれる在校生がいたり、自転車を降りて受け取ってくれたり、4分の3程度は受け取ってくれました。笑顔も弾けて学校の雰囲気はそのままでした。教員は出勤が早く、渡せませんでした。
途中で男女二人組が登場し、「通行妨害」「敷地内立ち入り」への注意を述べた。年配の女性に「副校長ですか」と聞くと頷く。あなたの赴任のずっとまえからここにきてるから大丈夫。
それよりなんで女性も「偉くなりたい」なんて思うのかしらねえ、生徒との距離が遠くなるのにと私がこのように話しかけると、すぐに引っ込んでしまった。
9時前に人通りが切れたところで、急に雨脚と北風が強まり、ビラまきは中止にした。

 <羽村高校>
雨があがったと思うとまた少し降り始めるという中で行いました。チラシを濡らさないように胸元につけて…。管理職も出てこないし、教員らしい人も「卒業式」の看板と日の丸を出しに来たくらいでほとんど見かけず、保護者も一名「寒い中ご苦労様です」とねぎらいの言葉があったくらいでした。
タクシーから降りた男性2名にチラシを渡そうとしたら、一名がチラッと濃紺の手帳を見せた。ひょっとして…。数年前までは明らかな公安警察が堂々と学校内に入っていましたが、最近は目立たなかったのですが…。
この天候の中では配布できた方かな、と自己評価。

<板橋高校>
包囲ネットのチラシを、国際人権NGOのKさんと君が代裁判原告のHの2人で配りました。「学校と地域を結ぶ板橋の会」の方々が独自チラシを3人で配っていました。
小雨ですが、ひっきりなしですので、傘が手放せない悪条件でした。
チラシは濡れるとよれよれになって渡しづらい。二つ折りで何とか渡せる強さになります。それでも持参した200枚を2人で配りきることが出来ました。板橋の会の方も同じくらいの枚数配れていたと思います。
去年は異様なくらいに受け取りが悪かったのですが、今年は普通でした。
ここは3年前から改築が始まり、ずっと臨時通用門を使っていましたが、今春は真新しい校門前でチラシ配りが出来ました。
15年前、国歌斉唱時に卒業生の9割が一斉に着席した頃とはうって変わって、制服の学校になってしまっているので、生徒が皆同じように見えてしまいます。小雨にもかかわらず、校門の「卒業式」の立て看板の前で、スマホで写真を撮ったりしています。
8時前にこの立て看板を教員3人で出しに来た時、その中の1人が「敷地内に入らないで下さい。生徒には配らないで下さい。よろしくお願いします。」と、声を掛けてきました。全くステレオタイプですね。
こちらからは、次のように言いました。
「卒業式では、生徒や教員の人権を尊重して、国旗国歌への起立斉唱を強制しないで下さい。よろしくお願いします。」
それに対しては、何も答えずに、目を伏せて引き返して行ってしまいました。今日は、東京都教育委員会の定例会とかぶっていたので、私は9時で切り上げて傍聴に行きました。
Kさんが10時まで残って撒き続けてくれました。

 <武蔵丘高校>
ビラをまき始めてしばらくすると、数人の教職員が校門のところに、「卒業式」の看板と大きな二本の「日の丸」を掲げにやってきた。そこで、私が「日の丸は戦争の旗です」と言うと、なんか文句(よく聞こえなかった)を言ってきたので、「また昔と同じことを繰り返そうとしている」と言い、ビラまきを続けた。いつも校門の前に来る副校長は今日も出て来て、突っ立っていた。
生徒の反応は全体的にあまり良くないのだが、女子の方が良かった。教職員もあまり良くなかったが、顔見知りの教員が来たので「大変でしょう」と声を掛けると、ビラを受け取りながら「ご苦労様です。言いたいことは沢山あります」と言って中に入って行った。余程嫌なことがあるのだろう。
やがて毎年やってくる安全パトロール(?)の年配の男性がやってきた。お互い「元気ですか」などと言い合い、校門の中で生徒指導(こちらを監視?)している教員の前で、談笑(時には大声で笑い)しながらビラをまき続けた。ビラの受け取りは少し良くなったようだった

2019年2月28日木曜日

都教委包囲ネットは都立高校の卒業式にビラを撒きます。

〇3月1日(土)~22日(金)の日程で都立高校の卒業式が行われます。
都教委包囲ネットは例年通り、卒業式の日に、卒業生に向けて、「日の丸・君が代」強制反対、処分反対、若い人たちが未来をきめる力です、という内容のビラを撒きます。今年で15回目になります。
 高校でビラを撒きたい方はご連絡ください。ビラをお送りします。
卒業式の日程は東京都教育委員会のホームページに載っています。

そのビラをアップします。 


2019年2月13日水曜日

2019.2.9総決起集会の報告(その二)

2019.2.9総決起集会の報告(その二)

■「闘いの現場から」7つの報告がありました。以下簡単に紹介します。



















①「日の丸・君が代」強制反対の闘い 高校の現場から(Kさん)
・毎日過密スケジュールで吐きそうだ。ほとんどの教員が同じだ。「定年まで働き続けられるのか?」と言う声を聞く。とても忙しい。どんどん忙しくなる。それに対して見当はずれの施策ばかり。
・一昨年から、出勤時だけでなく退勤時もカードを通すことになった。しかし、何の対策もない。80時間以上超勤になると「産業医と相談を」などと言うだけ。
校長は「わかっているよね」と言ってくる。つまり、帰る時にカードを通すのではなく、
帰る前に早めに通し、それから仕事をしろ、ということだ。
・「変形労働時間」はとんでもない。夏休みを短くすると言っている。働きだめなどできない。
・「スマートスクール」といって、「スタディサプリ」なるものでリクルートが入って来る。学力テストもリクルートがやる。教員はいらなくなる。怖いことだ。
・これらの出発点は「10・23通達」だ。第四次訴訟で毎月一回最高裁に要請行動をやっている。
・この3月に定年を迎える。1月24日来年度の再任用が決まった。
 ところが、その夜都教委より校長にメールが届き、「今年度は合格とする」が、任期の更新の際は「あなたは懲戒処分歴があることから、任期を更新しないことになります」という事が告げられた。ひどいことが起きている。やめても闘って行く。

②「日の丸・君が代」強制反対の闘い 裁判の現状(根津さん)
〇08年事件(地裁で敗訴)の控訴審判決が、3月14日(木)13:30 824号 である。
 これまでの判決の流れは、
 ・2012年最高裁判決で、戒告と容認、戒告を超える処分は違法。ただし、過去の処分  歴や不起立前後の態度等により、自分の3ヶ月停職処分は取り消さなかった。
 ・2016年最高裁決定では、07年事件の控訴審判決(勝訴)を認め、自分の6ヶ月停職  を違法とした。損害賠償も認めた。
 ・しかし、08年事件の6ヶ月停職については、東京地裁は、過去の処分歴やトレーナ  ー着用などをあげ、処分を取り消さなかった。
 ・09年事件の地裁判決も、加重処分ではないとして6ヶ月の停職処分を取り消さなか  った。
 自分については、裁判を受ける権利を認めないに等しい。判決はひどくなる一方だ。

③道徳の教科化に抗して(小学校教員Mさん)
 道徳が入りますます多忙になって来ている。
 道徳の評価を巡っては多くの学校は3学期に1回だが、自分の職場は二学期制なので、 前期で評価を出した。
 「道徳担当教員」がいるが、伝達講習で言われたことをまじめに学校でやる。「価値項 目をブレさせてはいけない」「教科書をちゃんと指導しよう」など。そして「どのよう な変容があったかを記述しよう」とまで言う。特定の価値観を押し付けてもいいという 事だ。授業展開や評価の工夫をしている教員に対する攻撃がある。応援して欲しい。

④教育統制と闘う千葉の高校の実践(再任用ハーフのNさん)
 沖縄修学旅行事前学習で自分が配布した「おきなわ通信3号」(1995年の米兵少女暴行 事件)を校長が回収命令を出した。理由は「内容が悲惨であり、親からクレームが来る かもしれない」とのこと。2学年の担任団は指示に従って回収した。
 校長にこれまで問題はなかったことを話すと「再配布は許可する」と表明した。
 しかし、若い教員が多い学年団は書き直しを要求してきた。
 自分は断った。「3号」は配布されないまま夏休みになった。
 「第4号」(甲子園の土事件を扱う)を学年・管理職の承諾の下、7月に発行した。9月 には「5号」(ひめゆり学徒隊を扱う)、
 「6号」(摩文仁を扱う)を発行した。学年も事前指導の重要性を理解、千羽鶴、沖縄 料理、三線の演奏など進むようになった。
 
 ところが、自分がある集会で「回収」問題を報告すると、「朝日」「東京」が関心をも ち、校長と県教委を取材した。これがきっかけで謙虚委は態度を硬化するようになった。
 10月1日県教委は各校長に、H27年3月4日の文科省の通知「学校における補助教材 の適正な取り扱いについて」を職員に周知徹底するように指導した。自分の職場でも臨 時職員会議が開かれ校長が説明した。
 その結果予定していた「7号」「8号」(両方とも楽年の了解と校長にも示していた)も、 県教委から「待った」がかかった。
 県教委のA主幹は校長に「8号」を持参させ、彼がダメだと思う所に朱で?印を付けた り、「出典・根拠を示せ」等の指示をした。これは「学習指導」の範囲がらはるかに逸 脱した「指導」であり、実質的な「検閲」であり、さらに「発禁」の指示も出ているか ら重大な憲法違反である。
 私の「おきなわ通信」は、ほぼ確定している見方・考え方について述べてある。
 権力が教育に土足で入って来る現状と平和教育潰しを、危機感をもって弾劾する。

⑤高校生の言論の自由を求める闘い(四部制定時制・新宿山吹高校卒業生のHさん)
 自分が在学中に創刊した校内新聞(YAMABUKI JOURNAL)が、学校側が嫌がるよう な内容であっても事実を伝えていくスタンスの新聞であったことから、生徒会顧問をは じめとする学校側からの検閲や妨害を受ける様になった。
 最初は、2016年の入試から内申比率が20:3から7:3に改訂されたことと、ボランテ ィアを必修化することを批判した社説が検閲された。最終的には生徒会会則の公開を求 める論説を掲載したところ、生徒会顧問が発行を差し止めた上に「指導により削除」の
 表記すら禁止したことから自主廃刊を決断した。
 その後、2017年に入り新しくI君を新編集長に任命、復刊の夢を託した。しかし、I君 が電子版YAMABUKI JOURNALを発行し、校内でコンドームが発見されたことなどを 報じると、生活指導主任の教員らに生活指導室に連行され、「覚悟はできているんだろ うな、ちゃんと」「法律なんかどうでもいい」等恫喝されながら記事の削除を要求され た。
 I君が拒否すると、最終的には校長指導で誓約書を強要するなどしてI君に精神的ショ ックを与え、不登校に追い込んだ。
 2017年12月、I君は自由と人権が守られる古き良き新宿山吹高を取り戻すため、「自治 委員会」を立ち上げた。しかし、学校側は「指導を受けなければ授業に参加させない」 等の弾圧を加えた。以下の( )は補足です。
 (2018年2月、弁護士に同行してもらうが、学校側は弁護士同席の話し合いを拒否)
 (2018年3月、都議に接触、支援要請する)
 (2018年4月、都議に陳情、都教委は「授業に参加させない不適切」と認める)
 その後、I君は授業に出ている。自治委員会は最近、学校側に五項目の要求を出した。
 「建設的な和平交渉。和平協定の締結」、「校内における言論・表現・結社の自由の保 障」「学校の民主的運営制度を確立すること」「入試における内申点と試験の比率を20 :3に戻すこと」「全日化政策の即時中止」
 しかし校長は受け取りを拒否した。I君は全面的に闘う姿勢を示し、最近再び都議に相 談した。

⑥「天皇代替わり」に対する取り組み(靖国天皇制問題情報センター・中川さん)
 30年前の代替わりは、葬儀と奉祝があったが、今回は奉祝一色になる。
 そこで、以下のことについて訴えたい。
 1、政府からだされる通知などへ反対の声を上げよう。
 2、新元号は使わないようにしよう。自治体へも働きかけよう。
 3.代替わり反対の様々な取り組みをやろう。
 4、「おわてんねっと」への団体賛同を。
  (終りにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク)
  また、リーフレット「終りにしよう天皇制!」の活用を。
 5、即位大嘗祭違憲訴訟の会への参加を。

⑦世田谷区新採教員解雇撤回裁判(Wさん)
 2017年4月に、音楽専科として採用された。臨時的任用教員経験年数は9年以上だっ た。しかし、指導教員と校長・副校長からパワハラされた。生徒のことも考えず、無理 難題を要求してきた。
 2018年3月校長の恣意的評価で免職処分となった。その年の9月に提訴した。
 第三回口頭弁論が3月18日(月)13:15~ 東京地裁527号。
 カンパもお願いしたい。
 問い合わせ先 免職処分取消裁判を支える会(通称 アンサンブリ)℡ 03-5276-1311
以上、いずれの発言も現在進行しつつある「国家主義」に反対する闘いの最前線での発言であったと思います。

■アンケートの「現場からの報告について」の欄には、以下のような声がありました。
(一部です)
〇いずれの報告も重大な意味を持つものであり、マスコミによる発表、それによって
 一般の人々の正常な反応に期待したい。
〇「道徳教育」についてと「高校生の言論の自由の闘い」について興味をもった。新宿山 吹高校における言論弾圧については、知っている高校でもあり、当該高校生を是非応援 したいと思った。
〇各々の立場で地道な闘いをしていることに頭が下がりました。私は特別支援学校ですが、
 若い先生方が授業など教員としての仕事が楽しくなく、「あと年年働けるかな?」など の声を聞くと、今の学校の在り方を変えていく必要を強く感じます。

■集会はその後、「卒業式ビラまき」の行動提起、「集会決議」の採択、
「団結ガンバロウ」で 終了しました。

集会にご協力して頂いたみなさんありがとうございました。
早速私たちは、卒業式ビラまきの準備に入ります。

2019年2月11日月曜日

2019.2.9 総決起集会(都教委包囲ネット主催)の報告 その一

2月9日(土)、小雪のちらつく中、「今こそ、教育の国家主義に対抗する」をテーマに、
「2・9総決起集会」(主催:都教委包囲首都圏ネット)が開かれ、90名が参加しました。




















講演:荻野富士夫さん(元小樽商科大学教授)の<戦前の教育統制から戦後の教育統制へ
 ~連続・継承と断絶~>について


講演では、多くの事例を紹介されながら、戦前から戦後へ続く教育統制や人々の認識の変遷について語ってくれました。
1. 最初に、この間の安倍政権による教育の反動化に触れつつ、それ以前の小泉内閣時の中山文科相の、「国家主義教育」につながる言葉を紹介してくれました。
ーー「先の大戦の敗北のショックが大きかったことと、戦後のマルキシズム、共産主義の影響で、日本の戦前は非常に悪かったという歴史観がはびこった。・・・戦後、国民をいじめるのが国家だといわんばかりの風潮もあった。
だが、皆国に守られているのですよね。自分のことだけでなく、国、人のために貢献できる人になることを目標にして生きて行くことが大事だ、と教えて行くべきではないかな。」(「朝日」2005・4・24)」
さらにそのあとの大河内一男氏や和田洋一氏の、当時の状況についての言葉を紹介してくれました。和田氏(灰色のユーモア―私の昭和史ノォト)は次のように述べていました。
ーー「(1930年代後半)私の実感としては、底知れぬ深い谷間へずるずると滑り落ちてゆく時代、途中でふみとどまろうとしても、足もとがくずれてゆく、はいあがるというようなことはとてもできない、一人一人がもがいても歎いても、結局はみんながずるずるとすべり落ちてゆく、そして事実地獄まですべり落ちていった、そういう時代、破局への一方的傾斜の時代、奈落の底への地すべりの時代だったという気がする。」
そして、北星大学・植村バッシングが、1930年代後半の思想統制が重なる、現在に近いものであると述べられました。

2. その後、レジュメを飛んで、
「三、日本人は、なぜあの侵略戦争に無謀にも突っ込んでいったのか」と言う部分に入り、当時の「戦意」について話をされました。
とくに太平洋戦争緒戦の頃は、民間からチョウチン行列や神社参拝なども行われ「99%以上の戦争支持・協力者」がいたという。
しかし、戦争が長引くにつれ、「戦意」は瓦解し始め、終戦の頃はかない低くなったことがグラフで示された。
また、1945年4月の「特高警察」の以下のような観測も紹介してくれました。
ーー「最近に於ける敵の比島及び硫黄島、沖縄等に対する侵寇並に本土空襲の激化等戦局の急展開に伴い、一般民心は戦況の劣勢、戦局に対する不安感より著しく悲観的、敗戦的感情を濃化しつつあり、・・・而も、亦従来より国民感情の底流に存したる厭戦、反戦的気運は漸次表面化し、自暴自棄的、厭戦、反戦的言動乃至は落書投書等の散見、又は敗戦和平の台頭をみつつあり。」
またここでは、折れ線グラフで1941年12月から1945年6月までの、
・「勝利についての疑念の拡大」
・「日本は勝てないとの確信の増加」
というものも、紹介してくれました。いずれも敗戦に近づくにつれ、急速に拡大・増加していることが分かりました。
さらに、<文教当局による学生・生徒の「思想状況調査」>として、1941~1942年までの、埼玉や茨城、佐賀の調査項目や結果を紹介してくれました。
そのうち、日中戦争4年後の1941年7月の埼玉のものでは、
以下のような8択問題(一つを選ぶ)がありました。
 1、段々冷静になり、吾々は自分の銃後の務めを全うしなければならぬと考えるように  なった。
 2、国の前途を憂えるようになり、一生懸命国家に尽くさねばと思うようになった。
 3、初め皇軍の連勝に血湧き肉躍る思いがしたが、段々別に感興も湧かなくなった。
 4、新体制に協力し、大いに頑張らねばならぬと思う。
 5、初め有頂天になって喜んだが、段々元気がなくなり、不安になって来た。
 6、早く事変が済んで、又前のような自由な時代が早く来ればいいと思う。
 7、此の際吾々の生活を切詰めて、一層国防を強化しなけねばならぬと考えるに至っ   た。
 8、段々吾々の生活が困難になって来て苦しいと思うようになってきた。
 (奇数項目は戦争に積極的、偶数項目は戦争に消極的な選択肢となっています。)
さらに、「戦意」の推移として、
 1931年9月18日(満州事変)
 1937年7月7日(日中全面戦争)
  1941年12月8日(対米開戦)
 1945年8月15日(敗戦)
の間の推移がやはり折れ線グラフで示されていましたが、いずれも開戦当時に一番急高騰し、その後は低調・低落傾向になるパターンが繰り返されていることが分かりました。
そして、とくに対米開戦時は99%にも上るが、サイパン失陥(1944年6月)後急加速に低下、8月15日は25%程度になっていることが分かりました。

3. 荻野さんはその後、レジュメの
「一、『思想統制』から『教学錬成』へ」に戻り、1950年に南原繁らの出した教育刷新審議会『教育改革の現状と問題』「序論」から以下のような部分を紹介しました。

少し長くなりますが、まとまっていますので紹介します。
ーー「一貫してわが国民教育の大本」であった「教育勅語」の「基調をなすものは、皇室を中心とする日本国体観と、これに基づく忠君愛国の国民の養成で在った」
「この教育方針は、満州事変を経て、日華事変に入るに及んで、更に極端化され、戦争体制に即応せしめるために、1937年(・・)に設置された教育審議会の決議による、いわゆる「教学刷新」において、頂点に達した感がある。これは、一に「皇国の道」を教育の基本とし、「皇国民の錬成」を目標とするということであった。
「小学校」の名称を改めて「国民学校」とし、あるいは文部省に「思想局」や「国民精神文化研究所」を設置したのも、この時であった。
それは、学校教育についてのみではなく、一般の社会教育についても同様であって、わが国の教育は、まったく、極端な国家主義と軍国主義的色彩に塗りつぶされるに至った。」
そして、1890年の「教育勅語」制定から1944年の文政研究会の『文教維新の綱領』刊行まで年代を追って詳しく紹介してくれました。
最後の『文教維新の綱領』の「総論:皇国の道に則る錬成」には、ついに、次のようなことが書かれるに至りました。
ーー「時には児童の能力や心理を無視しても或いはその個人的納得如何を無視しても日本人錬成のための厳しい修練が施されねばならぬ。」「実に家こそが国民錬成の根本的場であって、この場を外にしては錬成教育は根本の地盤を欠くものと言わねばならない。」
 もはや学校は、「児童の能力や心理」を無視した「日本人錬成」の場に代えられてしまったのです。荻野さんは「教育は破壊された」と述べました。

4. 次に、レジュメの「ニ、戦後教育への連続と断絶」という事について説明されました
敗戦直後の太田耕造文相は、敗戦は「皇国教学ノ神髄ヲ発揚スルニ未(いま)ダシキモノ有リニ由ル」などと述べていること、
 9月15日の前田多門文相の「新日本建設ノ教育方針」では「戦争終結ニ関スル大詔ノ御主旨ヲ奉体」し「益々国体ノ護持ニ務ムル」ことなどを述べていること、
そこで、10月22日に、GHQの教育指令が出されたこと、
しかし文部省のサボタージュや「教育勅語」への固執が続いていたこと、そうした中で教育刷新委員会の嫌疑を経て、ようやく1947年に「教育基本法」が成立したこと、
しかし、同時に新たな教育統制が、学生運動や教職員組合の抑圧を基軸に始まったこと、
同時に旧教学局官僚の延命と復活が行われ、彼らの中には次官にまでなったものもいること、も紹介されました。
つまり、戦後も戦前の体質を持った官僚たちがそのまま文部省に居座ることになり、そこには連続性があり、その文部省が戦後の「民主教育」を絶えず破壊し続け、2006年には「愛国心」を導入した改悪教育基本法を制定し、その後の動きでも明らかなように、もはや明らかに、「国家主義教育」と呼ぶにふさわしいところまで来たということでしょう。
荻野さんは最後に、小林多喜二に関するいくつかの言葉を紹介してくれました。その中には次のようなものもありました。
「俺たちの運動は皆今始められたばかりさ、何代がかりの運動だなァ」(「東倶知安行(ひがしくちゃんこう)」(1930年)の中の鈴木(「ひげの(鈴木)源重)のことば)
「あれから、89年。時代は一回りして、私たちも同じような時代を歩んでいるようです。
しかし、歴史の歯車は一時逆転する時はあってもらせん状に前進していきます。それは人類の生産力が基本的には絶えず前進しているからです。逆転して封建時代に戻るようなことはないのです。

約1時間の講演後、質疑がありました。

2019年1月7日月曜日

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

都教委包囲ネットは今年も卒業式・入学式を前にして、「総決起集会」を開きます。いままでの闘いを持続・継承し、時代に立ち向かっていきましょう。歴史を変える力は、やはり私たちにあります。
 荻野富士夫さんの講演は、時代と私たちの問題意識と一致することは確実です。

 みなさん、ご参加ください。



2018年11月13日火曜日

10・22 都教委包囲要請

10月22日(月)午後、「10・22都教委包囲要請行動」(主催:都教委包囲首都圏ネット)が行われ約41名が参加しました。(報告:渡部)






















初めに、都庁第一庁舎前歩道から都庁に向けて、「日の丸・君が代」強制・処分反対!」
「国威発揚の『オリンピック・パラrンピック教育』反対!」「自衛隊と教育委員会・学校との連携をやめよ!」「小池都知事の朝鮮人差別糾弾!」などのシュプレヒコールを上げ、その後、第二庁舎の要請会場に向かいました。

■入り口で最近強化されている入庁方式
(個人ごとに氏名などを書かせる)
入庁の仕方で、あらかじめ渡部さんと都庁の警備で打ち合わせていた一括入庁を都庁側が反故にしたためもめました。しかし、10階214会議室で行われた要請行動には、要請参加希望者全員の38名が参加しました。

■要請行動
我々に対応したのは、4月から代わった教育情報課のN課長と副課長(?)のTさんでした。


〇冒頭、庁舎入場の件に対する抗議が行われました。
昨年までは「代表者氏名+他何名」という形で入庁可だったのに、「どうして個人情報を書かせるのか。」「しかも民間業者を配置して。」「こんな事をすると二度と都庁に来たくなくなる。」「小池都知事は、『開かれた都庁』と言っているのではないか。」
などの声が参加者から出されました。

〇次いで、要請行動に移りました。
①最初に「都教委包囲首都圏ネット」からの要請文が出されましたが、項目は「1、10・23通達を撤回すること」から始まり、27にものぼるものになりました。これについて提出者は、「毎年都教委がおかしなことをやるからどんどん増える。都教委は都の教育をどんどん悪くしている」と述べました。
 また、国連自由権規約委員会の指摘(10・23通達に関する)について、「どうなっているのか」という質問については、都教委は「国から問い合わせがない」などと、他人事のように答え、結局何もしていないことが明らかになりました。
 また、15項目目の、朝鮮学校に対する差別的対応をやめ、補助金復活をしいう要請では、参加者から、「国連の人種差別撤回委員会からも、朝鮮学校の無償化についての勧告が出ているではないか」との声が出されましたが、何らの答もありませんでした。



②次に「『日の丸。君が代』強制反対予防訴訟を引き継ぐ会」からの要請が出されました。
 この中では「10・23通達撤回・処分撤回」など、9つの要請項目がありましたが、最後の9に、「オリ・パラ教育を口実とした生徒の動員や部活強化をやめること」と言うのがありました。
これについては、「ボランティアを生徒に強制することが無いように」という声が上がりましたが、課長は「自由は大事」などと言うものの、「その価値がわかるまで・・」などと答え、失笑を買っていました。
③次いで、1審、2審と勝訴し、この7月最高裁で敗訴した「再雇用拒否撤回を求める第2次原告団」からの要請(5項目)がありました。
この中では、3に「定年退職後の職を奪った原告の個々に対して説明し、謝罪すること」と言うのがありました。
提出者は、「都教委が最高裁で勝訴した時、私たちの主張が通った、などと述べているが、多くの新聞の論調はこの判決を批判している。また、都教委は 自分の負けが確定したときには、何のコメントもせず、謝罪もせずに、再処分までしている。おかしいではないか。不誠実な対応ではないか。」と追及しました。
④最後に、「河原井さん・根津さんらの『君が代』解雇をさせない会」からの要請がありました。ここでは、
 1、10・23通達の撤回・処分の撤回
 2、都教委の性教育への現場への介入への撤回
 3、オリパラ教育強制の撤回
が出されましたが、都教委は性教育で「学習指導要領」を強調しているので、次のような疑問が出されました。
「オリパラ教育は学習指導要領に載っているのですか」と都教委に質したところ、課長は、「距離と時間が分かれば速さが分かる」などと頓珍漢なことを述べ、これまた失笑を買いました。
 結局、都教委は、現場には「学習指導要領!学習指導要領!」と言いながら、自らは「学習指導要領」にも載っていないことを過労死寸前の現場に強制しているのです。
以上が要請の概要です。
今回の都教委包囲要請行動では、都庁入庁の閉鎖的・反都民的性格が明らかになるとともに、いかに、都教委が、「やるべきことはやらず、やるべきではない事ばかりやっている」
ということが、明らかになった要請行動でした。

■行動に参加された皆さん、ご苦労様でした。
そして、わざわざ千葉から車椅子で参加してくれ、的確な意見を述べてくれたたKさん、やT.T.さん、高齢ながら参加してくれた北村さん(92歳)、また、いつも参加して下さる山谷の皆さん、ありがとうございました。

最後に、再び都庁の外で、シュプレヒコールで抗議を行いました。暗くなっていました。



都教委包囲首都圏ネットワークでは、この後、来年2月の「総決起集会」の準備を進めていきたいと思います。

2018年5月12日土曜日

お知らせ 5/24学習指導要領の暴走を止めよう! 学習会

5月24日(木)18時15分~21時まで、「学習指導要領」の危険な内容についての学習会を行います。みなさん!お集まりください。




2018年5月10日木曜日

オリンピックってなんだビラ

オリンピックっくってなんだビラ 第10弾
主に都立高校に撒いています。皆さん、一緒にやりませんか。ご連絡ください。









2018年5月9日水曜日

5/3 東京・有明防災公園で「5・3憲法集会」に6万人

5月3日、5・3憲法集会・デモが行なわれました。 
主催:5・3憲法集会実行委員会/ 協賛:総がかり行動実行委員会、市民連合6万人が参加しました。渡部さんの報告です。写真は蒲生さん撮影です。

●開会挨拶に立った主催者の高田健さんは次のような事を述べました。
 風雲急を告ぐ情勢下、日本の崩壊現象が起きている。改ざん、隠蔽、シビリアンコントロール不能などなど、異常な事態だ。安倍政権は責任を取らず逃げ回っている。戦後最低最悪の内閣だ。崩壊の危機にある。新聞のアンケートでも、安倍政権下での改憲への賛成は39%、反対は53%だった。多くの市民は改憲を望んでいない。しかし、安倍は改憲策動を必死に進め、政権にしがみついている。それはここで倒れたら立ち上げられなくなるからだ。だから我々との間でし烈な闘いになっている。我々自身の力で倒す以外にない。
 今、北東アジアは大きく変化し、危機は変わりつつある。これは韓国市民、民衆の闘いの成果だ。

●その後、(トークⅠ)として以下の方々が話されました。
 ①落合恵子さん(作家)
 ②竹信三恵子さん(和光大・教授)
















▲竹信さん
 ③清末愛砂さん(室工大・准教授)
 ④山内敏弘さん(一橋大・名誉教授)
その中で、②竹信三恵子さんは以下のような事を述べました。
 戦前日本は戦争を続けてきた。その戦費は莫大なものだった。日清戦争では予算の59.4%、日露戦争では81.9%、日中戦争では70%台、1950年(?)には85.3%に達した。9条の歯止めを外したら、野放図に軍事費が増えていく。福祉や貧困などまともな生活を守るための金が軍事費にすべて使われるようになる。歯止めをはずしたら軍事費が70~80%になる。社会保障は削られ、奨学金も全部だめになる。国民全体が貧困に陥るかどうかの改憲だ。この観点から訴えていく必要がある。
③清末愛砂さん
 軍事力依拠の安全はダメだ。非暴力・平和主義は現実的な手段だ。4月28日の南北首脳会談の「宣言」で、今年中に終戦し、平和協定を結ぶことが決められた。朝鮮半島、東アジアの平和に向けて歴史が大きく動いた。この日、沖縄辺野古では、ゲート前に座り込んでいた500人の人たちを、機動隊がごぼう抜きにし、車両で囲み、無法な拘束をした。
憲法上認めるわけにはいかない。自分もそのごぼう抜きにされた一人だった。憲法の平和主義が無い沖縄、正々堂々と抗議すべきだと思って参加した。イスラエルに抵抗するパレスティナ人の闘いと沖縄民衆の闘いが重なった。若いイスラエル兵と若い機動隊員の姿が重なった。自衛隊法では「必要に応じて公共の秩序の維持」という治安活動が書かれている。自衛隊は民衆に銃を向けることができる。改憲により弾圧の可能性が増すことになる。
そのことを身をもって学んだ。人間として生きる尊厳を奪われようとしている。しかし、人は奪われる時抵抗する。辺野古の抵抗とパレスティナの抵抗は同じだ。軍事組織は命を奪う。守るものではない。改憲を阻止しよう。

















●その後、政党からの挨拶として
<立憲民主党・枝野代表>
<民進党・大塚代表>
<共産党・志位委員長>
<社民党・又一党首>
<自由党・小沢党首>(メッセージ)
の発言がありましたが、割愛します。
また、(プラカードアピール)/(スピーチ)おしどりマコ・ケンさんもありましたが、これも割愛します。

●その後の(トークⅡ)では以下の発言がありました。
 ①沖縄問題(山城博治さん)/ ②フクシマ問題(武藤類子さん)/ ③高校生平和大使(布川さん、重松さん)/ ④教育と教科書問題(上山由里香さん)/ ⑤朝鮮高校無償化(東京朝鮮高校生徒・合唱部)/ ⑥武器輸出入問題(杉原浩司さん)/ ⑦貧困・格差問題(六郷伸司さん)/ ⑧働き方改革(岡田俊宏さん)
これらの方々の発言は割愛しますが、いずれも、具体的な厳しい闘いを踏まえた発言で、
現在の日本社会で、いかに多くの人々が、困難な中、それぞれの持ち場で闘いを続けているかを示すものでした。同時に、それらの闘いがいずれも、改憲問題と大きく結びついていることをも示すものでした。
その中で、⑤朝鮮高校無償化(東京朝鮮高校生徒・合唱部)の発言と合唱(韓国の歌「春」と沖縄の歌「花」)は素晴らしいもので、涙を流す方々もいました。
その後、(統一署名の報告)があり、これまで1、350万人の署名が集まっていることが報告されました。愉快な(プラカードコンクール)もありました。

















●連帯挨拶では、
市民連合の諏訪原健さん(25歳)が次のように述べました。
 自分は田舎出身で、どうやって飯を食っていくかが最大の問題だった。世の中では、できなければ「自己責任」と言われていた。ところが、自民党の改憲案が出て来たとき、背筋が寒くなった。祖父は12月8日の開戦記念日の日、「戦争じゃ何も解決しない」という電話をしてきた。この先が恐ろしいものの始まり、そうしてはいけないと思い、路上へ出るようになった。権力者の欲望、目先の利益で、小さき者たちを踏みつぶす。しかし、憲法は自由と尊厳を尊重してくれている。日本の憲法は未来にかけられた言葉だ。私たちが現実にして未来に繋いでいく。未来は私たちの中にある。

●その後、実行委員の福山真劫さんから、以下の行動提起がなされました。
 ①9条改憲反対の取り組み(3000万署名を勝ち取ろう)
 ②森友・加計学園問題(国家の私物化許さない)5月8日新宿、5月19日国会へ
 ③辺野古基地建設反対の闘い 5月26日国会包囲へ
 ④東アジア平和確立の取り組み

★渡部コメント
現在、「野党がバラバラだから闘えない」などという声もありますが、今回の「5・3憲法集会」は、市民・一般ピープルのレベルでは、<アベ改憲反対!アベ内閣打倒!>の統一戦線が実質的にできていることを示すものだったと思います。しかも最後に、若者の未来に向けての力づよい発言がありました。
 テレビなどでは、改憲派の集会などが実際よりも大きく取り上げられていますが、安倍首相がビデをメッセージを寄せた日本会議系の「公開憲法フォーラム」に集まったのはたったの1200人です。それに対し、改憲に反対する集会はこの日、東京だけで6万人、全国では250カ所で集会を開いています。
全国の仲間の皆さん、私たちの力の大きさに確信を持ち、一歩一歩前進していきましょう

2018年5月8日火曜日

4/26(木)都教委定例会の傍聴記

4月26日に行われた都教委定例会についての根津さんの傍聴報告です。

足立区性教育「不適切」見解を批判する委員はなし

★この日の教育委員会には「中学校における性教育」問題があって、傍聴希望者は29名。9名がハズレたが。果たして公正な抽選だったか?

■定例会の内容
 公開議案が①「運動部活動の在り方に関する方針」について、公開報告が①教科用図書選定審議会の答申について~教科書の採択方針について~ オリンピック・パラリンピック教育における被災地等と連携したパラスポーツ体験交流の実施について 中学校等における性教育への対応について 昨年度指導力不足教員の指導の改善の程度に関する認定等及び条件付き採用教員の任用について。非公開議題は懲戒処分の議案及び報告。

★「中学校等における性教育への対応について」の報告に29名の傍聴者が駆けつけたが、傍聴定員20名を理由に、9名は傍聴できなくされた。箱に入れた1~29の数字の書かれた番号票(紙)の中から担当職員がハズレとなる9枚を引き抜いてその番号を発表したのだが、私も含め、早い時刻に番号表を受け取った1~6番票が全てハズレ、傍聴できなくなった。普段の傍聴者は6人前後。この番号票は使い回しをしているので、普段使わない票(紙)とは手触りが違うことは容易に想像できる。担当職員が箱に手を入れたときに、ふわふわした使い古しの票をつかんだということに違いない。使ってない新しい紙は手にまとわりついては来ない。公平・公正ではない抽選だった、と私は思う。担当職員に苦言を呈したが、まったく反省する様子はなかった。私はHさんから傍聴券を譲り受けて傍聴できた。

■「中学校等における性教育への対応について」
  配布された報告資料はすでに都教委HPにアップされているので見てください。↓
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/press_release/2018/files/release20180426_03/taiou180426.pdf


 「『性交』『避妊』『人工中絶』といった中学校学習指導要領保健体育にないことばを使った授業は不適切。保護者の理解を必ずしも十分得ないまま授業が実施されていた。」というのが、授業に対する都教委の見解だ。そして今後は、「学習指導要領を基本とする。すべてを集団指導で教えるのではなく、集団指導で教えるべき内容と個別指導で教えるべき内容を明確にする。学習指導要領を超える内容を指導する場合には、事前に学習指導案を保護者に説明し、保護者の理解・了解を得た生徒を対象に個別指導を実施するなど」とする。

★この報告に教育委員たちの発言(要旨)は次の通り。
□北村委員
「今回、議論が起こったことが良かった。議論が大切。現場では萎縮せず、取り組んでほしい。性情報がいろいろある中、子どもには知る権利、自己決定する権利がある。専門家を講師にした教員研修をしたらどうか。授業について気になったのは、保護者への周知が十分だったかどうか。保護者には様々な考えがあり、イスラム教、カトリックの家庭もあるから、理解を得ることが大事。一斉指導と個別指導をし、子どもや保護者が選択できるようにするといい。授業で避妊の方法を生徒に述べさせる場面があったが、嫌な気持ちになった子どももいたかもしれない。都教委の役割として指導・助言があるが、上からではなく、対等なパートナーとして行なってほしい。現場が萎縮しないで子どもに寄り添うよう、性教育にあたってほしい。」
□遠藤委員
「性教育は、普遍性と家庭教育が大事。普遍性を担保するのは学習指導要領。生徒参加型の授業で、個別に答えを求める場面があったが、性教育は家庭教育の範ちゅう。保護者の了解が必要だ。ことの経緯についてだが、文教委員会で質問がなければ、都教委はこの授業に関して知らないままだったのか。」
□指導部長
「授業に問題があると提供があった上で、文教委員会で質問があった。」
□宮崎委員
「議論になったのはとてもいい。デリケートな問題だから、一斉授業と個別授業を。家庭の考えがあるから、家庭との連携が必要。正確な情報を子どもに与えるのが、子どもを守ること。家庭との連携はできていたのか。」
□指導部長
「保護者には学校だよりで知らせていたが、内容についてはよく伝わっていなかった。」
□秋山委員
「医療現場から見ると、個人差が大きい。集団授業ではなく、また、家庭の理解が大事。都教委作成の『性教育の手引き』(平成16年)は古いので、改定する予定はあるか。」
□指導部長
「今年度中に改定する。」
□山口委員
「時代の変化が早く、教育が追いついていけてない。個人差があること、センシティブな問題だから、時代に先駆けるのがベストとは言えない。慎重に。足立区教委と都教委が連携し共有できるか(語尾聞こえず)」
□北村委員
「一斉授業、個別授業が難しい。一斉授業で傷つけられる場合もある。」
□中井教育長
「今後も丁寧に取り組みを進める。」

★北村委員は4月16日の朝日デジタル版で、「大事なのは、子どもたちが考える材料をきちんと得ることができること」「性教育はセクシュアリティーの問題や健康の問題、人権の問題など、大きなくくりで考えれば、個人の権利や他者の尊重など、多様な人間関係を築くための能力を身につける『市民性教育』として位置づけることも不可欠ではないか」と発言していたので、都教委の見解に異論を提起するかもと多少の期待を持って聞いた。しかし、「子どもの知る権利・自己決定権、子どもに寄り添う性教育」と、言葉はきれいだけれど、都教委の見解及び全都の中学校校長に対する都教委の指導についての批判はなかった。『性交』『避妊』『人工中絶』のことばを使った性の授業が、「子どもの知る権利・自己決定権、子どもに寄り添う性教育」であったのか、なかったのか、北村委員は意見表明すべきではなかったのか。それをしなければ、議論にならないではないか。

★また、「現場では萎縮しないで」と言うが、独裁都教委の見解を示し校長を指導すれば、現場は十分萎縮することが想像できないのか。この発言には、現場が萎縮するような教育行政を都教委が長年やってきたことへの認識が見られない。
他の教育委員も、都教委の見解を良しとしたのか。批判は一切しなかったのだから、「不適切な授業であり、指導が必要」という考えということだろうか。遠藤委員の「性教育は家庭教育の範ちゅう」発言には、氾濫する性情報の社会に子どもたちが置かれているといった危機意識が感じられなかった。

◇「個人差があり、デリケートな問題だから一斉指導と個別指導を」は時代錯誤では?
 半世紀前に私の年代が受けた性教育では、女子だけを集めて初潮について教えられた。そして、「男子には話してはダメ」と口止めされた。女子だけを集めたこれは、都教委が言うところの個別指導だ。そうした性教育によって、私は初潮を喜んでいいのか、恥ずかしいことなのかが分からず悩んだ。労基法に生理休暇が保障されていても、その取得率が非常に少なかったことを考えると、生理休暇を男性管理職に告げることに抵抗のある女性が少なくなかったのではないかと思う。
 北欧では小学校入学段階から自分のからだを知る授業が行われていることは多くの人の知るところだ。その授業は当然、一斉授業。隠さず教えることが当たり前となったこれらの国の人々の意識は、女性が性被害を告発したら二次被害が起きる日本の意識とは違うと聞く。
 「個人差、デリケート」を理由に個別指導をいう都教委及び教育委員の性意識に、偏見があるのではないかと思う。

◇「保護者の理解・了解」、なぜ性教育についてだけ言うの?!
 性教育に限らず、「日の丸・君が代」、オリンピック・パラリンピック教育についても都教委は、「事前に学習指導案を保護者全員に説明し、保護者の理解・了解を得た生徒を対象に個別指導を実施する」を言ってみてはどうだろう。これらの問題についても、「保護者の理解を必ずしも十分得ないまま実施されていた」し、北村・宮崎両委員が言うように、「保護者には様々な考えがある」のだから。また、これらの問題についても、北村委員が言うように、「子どもには知る権利、自己決定する権利がある。」

◇足立区中学校の性教育
  4月16日の朝日デジタル版は、問題とされた性教育について、授業を現場の教員と連携して作ってきた、宇都宮大学の艮香織(うしとらかおり)准教授(保健学)の話を紹介する。当該の学校の校長や区教委から、都教委はこの内容を収集していたはず。なのに、これについての見解や論議は一切なかった。
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★以下は、朝日デジタル版の艮香織氏の話
 「6年前から足立区立中の教員と授業作りに取り組んできました。総合的な学習の時間を使い、1年生では「生命誕生」や「女・男らしさを考える」、2年生では同性愛などの「多様な性」をテーマにしています。今回問題とされたのは3年生の「自分の性行動を考える」という授業で、その次は対等な関係を考える「恋愛とデートDV」となります。
  授業の目標は、正確な情報や科学的知識に基づき、リスクの少ない性行動を選択する力を養うことです。今回の授業では、最初に生徒同士で「高校生の性交は許されるか」を討論。そのあと、10代の人工妊娠中絶数や産んだ子どもを遺棄した事件の新聞記事などを紹介します。
  その上で、中絶可能期間や避妊方法について説明。性交をしないことが確実な避妊方法であること、困ったときには相談機関があることも伝えます。
  生徒にアンケートをすると、授業前は半数近くが「2人が合意すれば、高校生になればセックスをしてもよい」と回答しますが、授業後はその割合が10ポイント以上減少します。正しい知識を伝えることで、性行動に慎重になることがわかります。
 性教育をすることで「子どもが興味を持ってしまったら危険だ」と考える人もいますが、子どもたちをもっと信頼していいと思います。性はいやらしいものではなく、人権を基軸とした学びととらえるべきです。子どもたちの現実に向き合って、よりよい教育を模索していくことがなにより大切だと感じています。

ほかの議題についての報告を今回はカットします。都教委ホームページに資料がアップされているので、そちらをご覧ください。

4/12 都教委定例会の傍聴記

4月12日(木)、都教委定例会がありました。根津公子さんの傍聴記です。

足立区の性教育問題への論議なし

定例会の内容
公開議題は①来年度使用の都立高校用教科書採択について ②「英語『話すこと』の評価に関する検討委員会」の設置について。どちらも報告。
非公開議題が教員の懲戒処分についての報告。今回は議案ではないので、戒告か減給処分なのだろう。

①来年度使用の都立高校用教科書採択について
 高校の教科書採択は毎年8月に行われていて、今日は採択までの流れと採択方針についての説明報告。「採択は、採択権者である東京都教育委員会が自らの責任と権限において、適正かつ公正に行う」など、今年も昨年までと同じことが報告された。
 2013年から2016年まで、「日の丸・君が代」に関し、「一部自治体で公務員への強制の動きがある」と記述した実教出版「高校日本史A」「高校日本史B」について、都教委は「都教委の考え方と異なる」と各学校に通知し、学校が選定することを事実上禁止してきた(しかも、通知を決めた会議は定例の教育委員会を避け、秘密懇談会を別途2013年6月13日に開いたのだった)。
それに先立つ2012年には、実教出版教科書を選定した学校に対して、選定のし直しを強要した。それが、都教委がいうところの「東京都教育委員会が自らの責任と権限において、適正かつ公正に行う」ことだったのだ。また、教育委員もそれと同じ認識に立ったのだ。
 選定・採択に向け、都教委が作成する「高等学校用教科書調査研究資料」は資料とは言えない代物。今年も同じものが提示されるのだろうか。 傍聴者には一切の発言が禁止されているので為す術はないけれど、監視はしていこうと思う。

②「英語『話すこと』の評価に関する検討委員会」の設置について
 都立高校入学者選抜における英語検査において、従来の「聞くこと」「読むこと」「書くこと」に「話すこと」を加えるべきことが、昨年12月に都立高校入学者選抜英語検査改善委員会報告書にあがったことを踏まえ、表記の「検討委員会」を設置するのだという。4月から12月までに3回程度の検討委員会を開催し、今年度内に方向性をまとめる予定とのこと。検討事項はア.スピーキングテストの内容及び実施方法 イ.スピーキングテスト導入までの長期計画・導入規模 ウ.民間事業者との連携方法 エ.費用負担の在り方 オ.2019年度以降の実施方針 カ.その他必要な事項
 説明はなかったので文字上で見るだけなのだが、民間委託を前提としているのか。「話すこと」の検査をしなければ支障があるのか、それを検討した様子はないままに、「話すこと」の検査を加えるといった印象を受けた。

★二報告に費やした時間は25分。
足立区立中学校の3年生を対象に行なった性教育について、古賀自民党都議が3月16日の文教委員会で問題視・介入したこと、それを受けた都教委が調査した結果として、学習指導要領にはない「性交」「避妊」「人工中絶」を教え、「不適切な授業」と問題視したことについては、議題になっておらず、また、教育委員の誰からも発言はなかった。都教委の「不適切な授業」見解・全都中学校校長への是正指導に、全教育委員が納得しているのか。
 そうだとしても、古賀都議及び都教委の対応に批判が殺到していることに、門を閉ざしてはならない。教育委員の誰一人からも発言がなかったのは、仕事の放棄だ。事務方のやることを追認するために教育委員が存在するのではない。
 退室したところで、教育委員に向かってこのことを叫んだが、あの人達の心には届かなかっただろう。
 古賀都議2003年、七生養護学校の「こころとからだの学習」に対し、都教委に「毅然とした対処」を要求した3都議の一人。都教委は「授業内容が不適切である」として教材145点を没収すると共に、当時の校長を降格並びに停職1ヶ月の懲戒処分に、教員ら31名を厳重注意処分に処した。
 この裁判で、09年東京地裁は「都議らの行為は政治的な信条に基づき、学校の性教育に介入・干渉するもので、教育の自主性をゆがめる危険がある」と判決を言い渡し、13年には都と3都議に賠償を命じる最高裁判決が確定した。にもかかわらず、今回の件。反省がない。

2018年4月27日金曜日

2018年3月 卒業式での「日の丸」不起立者と処分報道

2018年3月 卒業式での「日の丸」不起立者について

★朝日新聞の報道のある戒告処分を受けた教員は不起立3回目です。 被処分者の会とは別に、独自に行動されています。

★都教委の処分を許さず、粘り強く闘い続けましょう。
安倍は「9条に自衛隊を明記する」方針をあくまでも堅持しています。戦争への道のあくなき追求であり、「日の丸・君が代」の強制と処分に深く関係します。みなさん、都立学校の教職員たちの「君が代」不起立闘争に連帯。支援をお願いします。

4/25 東京地裁・東京高裁が免職処分を取り消しOさん勝訴

4月25日(水)、Oさんの6月処分取り消し裁判が勝訴

<Oさんの処分>についての経過    近藤徹さんの報告です。
・2014年7月に懲戒免職処分 Oさんが担任の女子生徒に「不適切なメール」を送ったなどとして、都教委が、都立F高校の教員Oさんを懲戒免職処分とした。
Oさんは免職処分取り消しを求め提訴。
・2015年10月 東京地裁判決で免職処分取り消し
・2016年3月 東京高裁で免職処分取り消し。
→都教委は上告せず。
・2016年5月 敗訴した都教委が停職6月の再処分をする
→Oさん停職6月処分取り消しを求め提訴
 (都教委は最高裁に上告せず、高裁判決を受け入れましたが、「違法」な処分をしたこ
とをOさんに謝罪するどころか、「免職処分がだめならより軽い停職処分なら良いだろう」と改めて停職6月の処分を出し直しました。)。
2018年4月25日 処分取り消し判決

◆再処分が断罪され都教委3連敗~恥を知れ!都教委は控訴するな!
4/25の地裁判決は<停職6月>処分取り消しの判決です。
・Oさんは、不当な再処分、それも停職6月という重い処分に衝撃を受けましたが、再処分取り消し、損害賠償を求め、改めて東京地裁に提訴し、4/25の判決を迎え、勝訴した(損害賠償は認められず)のです。
・都教委は、本件処分を担当したAN人事部管理主事(当時・現特別支援学校校長)が証言に立つなど必死の巻き返しを図りましたが、敗訴しました。
都教委は本事件では、最初の免職処分事件で一審、二審で敗訴し、本件再処分事件で地裁で敗訴し、「3連敗」となりました。先ずおのれを顧みて真摯に反省し、原告らに謝罪するべきです。教員を「違法」な処分で脅しイジメる都教委に「道徳」「イジメ根絶」を語る資格はありません。恥を知れ! 都教委は控訴を断念せよ!

◆生徒に寄り添って頑張る教員を免職にした!~免職処分取消事件の地裁法廷から
Oさんは、これまで免職処分前の研修、免職処分、停職処分のため、長期に亘り、授業をすることのもできず「教壇に立てなかったのが一番つらかった」といっていました。停職処分を終えて学校に復帰したOさんは今、学校になくてはならない存在として賢明に働き、教壇にたっています。

<Oさん裁判の法廷での記録から>

生徒本人の事情聴取もせず~地裁では教え子Aさんも法廷で証人として出廷
最初争われた免職処分取消請求事件では、地裁の口頭弁論の中で、「教え子」の生徒Aさんも証人として出廷し、親に学校をやめさせられそうなほどの厳しい家庭環境で、O先生の援助で学校を卒業できて感謝していること、Oさんを免職処分するにあたり、都教委は女生徒本人の事情聴取もしなかったこと、などを証言しました。

●校長は強制されて都教委に出した虚偽の陳述書を撤回した!
また、同地裁でF高校の校長(当時)は、都教委作成の虚偽の陳述書に無理矢理署名・押印させられたが、良心の呵責に耐えかねてその陳述書を撤回する旨の陳述書を裁判所に提出しました。

●都教委のパワーハラスメントだ!
これらの証言などにより、この免職処分が、生徒を思いひたすら生徒に寄り添う教育実践をめざしていたOさんに対する都教委によるパワーハラスメントであることが明らかになりました。

◆「君が代」再処分との闘いに希望を与えるOさんの判決
都教委は、東京「君が代」裁判二次訴訟(7名)、三次訴訟(9名)、四次訴訟(2名)で減給処分を取り消された都立高校教員・18名に再処分(戒告処分)をしています。
Oさんの再処分を取り消した今日の地裁判決は、「君が代」再処分と闘う私たちにも希望と勇気を与えます。

2018年4月23日月曜日

4/19 再雇用二次訴訟 最高裁弁論を開くの通知

◆4月19日付で再雇用二次訴訟 最高裁弁論を開くという通知が来ました。
再雇用二次訴訟は原告らが勝訴しています。都教委が上告しましたので、原告勝訴の一審・二審判決を変更しようとするものでしょうか。
近藤さんの報告です。

6月25日午後3時 最高裁弁論を開く
最高裁(第1小法廷)から4月19日付で再雇用拒否撤回第二次訴訟(2015年12月高裁判決)について、
①都側の上告受理申立を受理する(注 上告事件となる)、②6月25日(月)午後3時に弁論を開く、という正式な連絡がありました。
弁論を開くということは、都に約5370万円の阻害賠償を命じて、原告らが勝訴した一審東京地裁、2審東京高裁の判決を変更する可能性が高くなったことを意味します。

現在同じ最高裁第1小法廷に係属している同種の事件、東京「再雇用拒否」第3次訴訟(2017年4月東京高裁判決)、大阪中学校教員・Sさんの再任用事件(2017年8月大阪高裁判決)は一審・二審とも敗訴していますが、弁論再開の連絡がありません。
 
 東京高裁判決から2年半後の6月に、再雇用拒否撤回第二次訴訟のみ弁論を開くということなので、同訴訟の原告らにとっては厳しい事態(勝訴判決の変更)が予想されます。

6/25当日の弁論の予定は以下の通りです。傍聴・支援をお願いします。
★再雇用拒否撤回を求める第二次訴訟・最高裁弁論期日
(原告22名 07~09年損害賠償請求) 
6月25日(月)15時(最高裁南門14時~14時20分 傍聴整理券交付)
 *時程の詳細は追って連絡。


◆東京再雇用拒否二次訴訟の経過
一審・二審とも勝訴!都教委を断罪!損害賠償を命じる!

2015年12月10日、再雇用拒否撤回を求める第2次訴訟において東京高裁(第2民事部柴田寛之裁判長)、「君が代」斉唱時の不起立「のみ」を理由に、東京都が定年退職後の再雇用職員、非常勤教員等の採用を拒否した事案について、一審東京地裁判決(2015年5月)を支持して、「期待権の侵害」を認め、「裁量権の逸脱・濫用で違法」として、東京都の控訴を棄却し(当方は控訴せず)1審同様1年分の損害賠償(総額約5370万円超)を元都立高校教員の原告ら(24名 私近藤もその一人です)支払うよう命じる判決を言い渡しました。

本件訴訟は、2007年度~2009年度に再雇用を拒否された原告が2009年9月東京地裁に提訴して、「君が代」斉唱時の不起立を理由とした再雇用拒否等が違憲であり、かつ東京都・都教委の「裁量権の逸脱・濫用」であることを争点として「損害賠償」を求めて争ってきた事案です。残念なことに、この間3名の原告がお亡くなりになりました。

一審・二審の判決は、都教委の主張をことごとく斥け、不当な採用拒否を断罪しています。10・23通達から15年、最高裁でも下級審判決が維持され、呻吟する学校現場に「憲法を取り戻す」きっかけとなると期待されていました。しかし最高裁は、私たちの期待に反し、都教委の「上告受理申立」を受理することを決定したのです。