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2019年4月1日月曜日

都立高校の卒業式でびらまき その八

都立高校の卒業式でびらまき その八

◆総括の集会
3月30日(土)東京で、卒業式総括集会(主催:五者卒入学式対策本部)が開かれました。
そこでは、本部からの報告の中で、「年々都教委からの指示は細かくなり、卒業式・入学式の実施要領に各学校の裁量が入る余地は全くなくなっており、管理を徹底しようとする
都教委の意図が感じられます」という事が述べられました。
そうした都教委の意図を忖度したような例が二つほど出されました。
一つは、ある高校で卒業式の際に、卒業証書をもらった後、あるクラスが一斉に、担任と保護者に対して「ありがとうございました」というお礼の言葉を述べたという事です。(私の経験でもそういう事はあり、それはこれまで苦労してきた保護者や担任にたいする生徒たちの最大の感謝の表明でした。そして、その都度会場から大きな拍手が起きました。)
ところが、卒業式終了後、そのことに対して、
若い教員が「今年の卒業式はひどかった。あんなことをするなんて。式じゃないよ」と言ったという事です。
もう一つは、別のある高校で「セーター・カーディガン事件」というのが起きたそうです。
その日(3月7日)は寒い日であさから小雨が降っていました。この学校は標準服で式に臨むことになっていたようですが、寒いので生徒たちはセーターやカーディガンを許可してくれるように言ったそうです。特に吹奏楽部の生徒たちは寒くて震えるのでしっかり演奏ができないと言ったそうです。
しかし、職員会議ではすでに決まっていることだからという意見が出されましたが、この3月で退職する生活指導の教員が生徒の健康よりも規律を重視するようなことは「おかしい事だと知ってください」と述べたそうです。しかし他の教員は言わず、吹奏楽部の生徒たちだけは認められたようですが、他の生徒たちは震える中で式に臨んだそうです。
これらの二つの例は、今の学校現場が如何におかしくなっているかを物語っています。
一言で言えば、規律が第一で情愛や健康は二の次になっているということです。つまるところ人間を大事にしない学校になっているのです。そして、これが「日の丸・君が代」強制の行き着く先です。
ところで、後者の例を紹介してくれた教員は、次のようなことも話してくれました。
それは、卒業式ビラを受け取り読んだ生徒がやってきて、「日の丸・君が代」強制に反対する意味が「分かった」と言ってくれたという事です。
私たちの卒業式ビラまきも役立ったようです。

◆「学校と地域をむすぶ板橋の会」の方たちが独自に作って撒いたビラの一部を紹介します。

<卒業おめでとう>
卒業式は主役である卒業生一人一人の門出の場です。ところが2003年から東京都教育委員会の指示で、檀上正面の「日の丸」への礼と、「君が代」の起立斉唱が全員に強制される儀式の場になりました。私たちは戦争に結びつき、主権在民にそぐわない
「日の丸・君が代」強制はおかしいと考えています。
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<「日の丸・君が代」強制は「戦争のできる国」の露払い>
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<正しい情報や意見表明の保障はあなたの権利>
学校では教員管理が強まり、職員会議は話し合いの場でなく伝達機関とされ、意見表明・交換の機会は減少しています。
皆さんには、意見を言う機会は十分にありましたか?
今、様々な場で「意見」が尊重されない実態を見聞きすると、声を上げる元気が奪われがちです。何度も示された沖縄の民意も軟弱地盤や予算・期間増大の事実も無視して、政府は辺野古新基地建設を進めています。サンゴを移植したと嘘までついて。
それでも沖縄の人は諦めず反対し続けています。
国会のデータ改ざん、情報隠し、諸法案の強行採決などに抗議して、国会前で声を上げ続けている人たちがいます。
軍隊化を強める自衛隊を9条に明記しようとの憲法改定に危機感を抱き、署名活動を続けている人たちがいます。
このような声や活動が、民主主義を破壊し戦争に向かおうとする動きのブレーキになっていると私たちは考えています。
私たちは、大人も子どもも、自分で考え意見を言い、行動していくことが大切だと思います。
今日の卒業式がその一歩になってくれればと願っています。
<新しい生活が、希望に満ちたものになりますように!>